2/26 ブルームバーグ コラム
【ダンカイマネー】:11万円の不足をどうするか、投信拡大裏の懐事情
2月26日(ブルームバーグ):11万円が足りない――。米国の大手資産運用会社であるフィデリティの日本拠点、フィデリティ投信が団塊世代に対して昨年実施した「退職後の生活資金に関する意識調査」によると、必要な生活費と年金収入の間に毎月これだけのギャップがあることが分かったという。
平均寿命まであと20年近く生活しなければならないとすると、夫婦で 2000万円以上が必要。しかしながら国際比較で見ると、資産形成に関する知識や能力に自信がないという比率は欧米のそれと比べて倍以上に及び、この収支と意識のギャップを埋めるため、銀行や証券、保険、運用会社などがホワイトナイト(白馬の騎士)を演じようと競争を繰り広げている。外資系企業がこぞって意識調査を行っている状況からも、「ダンカイマネー」の果実は海外から見てもやはり大きいのだ。
06年の公募投信資産が過去最高に
投資信託協会の発表によると、公募の投資信託の純資産総額は昨年末時点で68兆9276億円と、2006年の1年間で13兆5799億円増えた。国内の超低金利の長期化が効いている上、世界的な株式市場の堅調も手伝って個人のリスク許容度が上昇。これは、家計の金融資産全体が04年末から06年9月末までの1年9カ月の間に60兆円増えた中で、預貯金は20兆円減ったことからも明らかだ。その一部が投信に流れ、投信の家計金融資産に占める割合は9月末で 4.0%と、04年末の2.5%から1.5ポイントも上昇した。
「短期のキャピタルゲインというよりも、長期安定的な利回り志向が強い。生活費として使う目的で、定期的な分配金が支払われるタイプを好む傾向が強い」――。UBS証券の平川昇二チーフストラテジストが投信に流入している資金性格をこう分析するのは、老後の年金による生計を補助するという性格を併せ持っていることが背景にある。ゆえに、団塊世代の退職が始まれば、高水準の資金が投信、株式市場流入してくるとの期待を抱かせる。
フィデリティの調査では、団塊世代は半数以上が退職前と同じ生活水準を維持したいと考え、年収1000万円以上の世帯における1カ月当たりの生活費は、「30万円以上、40万円未満」という回答が最も多かった。一方、夫が上場会社勤務、妻は専業主婦という世帯年収1000万円程度の夫婦の年金は月24 万円とされ、仮に1カ月の生活費を35万円とすると差額の11万円が不足、さらに夫婦2人の平均余命を20年と過程した場合の不足分は、合計2640万円に上る。生活水準を維持するのであれば、行動を起こさなければならない。
投資経験が未熟
米大手金融サービスグループのハートフォード生命が昨年11月にまとめた日米英「3カ国の退職後意識調査」では、退職後に「十分な資金があるかどうか不安」と回答した比率は日本人が91%と、米国の73%、英国の67%を大きく上回った。さらに、資産形成に関する知識や能力に「全く自信がない」「あまり自信がない」と回答した日本人は74%と、米国の30%、英国の34%と比べて倍以上に達している。資金は欲しいのに自信がないという現実が、同調査で「株式・債券・投信への投資」を行っている比率が約45%となっている米英に対し、日本は10ポイント近く遅れている事情を招いた。「団塊世代の多くは投資の経験が少ない。自身が理解して納得しないと実践しない傾向がある」と、野村アセットマネジメントの住田友男経済調査室長は解説する。
680万人に及ぶ団塊世代。UBS証券では、この世代が受け取る退職金の総額は07年に14兆円と、06年の8兆円から急増すると予想している。日本銀行によると、06年9月末時点の家計部門の金融資産1495兆円のうち、現預金が51%を占め、株式・出資金は11%、159兆円に過ぎない。預貯金信仰はなお根強いが、一方で投信純資産の拡大傾向にも表れてきたように、長期化する低金利と公的年金への不安に後押しされ、「資産運用」に対する姿勢が徐々に変わってきたのも事実だ。
ダンカイマネー狙う新商品相次ぐ
投信業界では、団塊世代の退職を前面に出した商品名を付けるなどして、資金獲得に注力している。ニッセイアセットマネジメントは、国内外の株式や債券、不動産投資信託(REIT)に分散投資する「ニッセイセカンドライフ応援ファンド」を2月28日に設定する予定。セカンドライフのための資金を運用するため、安定した収益の確保に重点を置いた設計だ。
外資系投信会社で、公募投信運用額2位のフィデリティ投信は、昨年12 月に三菱UFJフィナンシャル・グループ向けに「MUFG・フィデリティ・退職金活用ファンド」を設定。今年3月1日にも、証券会社や地方銀行を販売会社とする「フィデリティ・退職設計・ファンド(愛称:安心のチカラ)」を投入する予定。さらに退職資金活用のためのコミュニケーション・ツールの提供も始める。
フィデリティは、昨年9月に団塊世代を対象に意識調査を実施。その結果、退職後に必要とされる生活資金の半分も達成するめどが立っていない人が5割を超え、退職後の生活に不安を感じている状況を確認した。資産運用をサポートするさまざまなサービスを検討するとともに、昨年末来の商品投入につなげた。トーマス・バルク社長は、「分配金を重視した商品の投資対象が外貨建て資産に偏り、効率的な資産運用商品とは限らない」と指摘した上で、新商品について「国内資産中心に運用し、分配金を抑えて再投資を重視することで、リスクを抑えながら長く資産を維持する設計。退職後の資産運用で、資産の耐久性を重視した需要は今後増えていくだろう」(同社長)との見方を示した。
足元の分散型商品の人気
06年末で純資産総額が過去最高に達した公募投信のうち、商品分類別で純資産が05年比2.3倍の13兆3503億円に膨らんだのがファンドオブファンズ(FOF)。年間で6兆5220億円もの資金が純流入し、これをけん引したのが資産分散型ファンドや高配当利回り株ファンドの人気化だった。
05年まで過去3年間にわたって、資金純流入額でトップだったバランス型(毎月決算)は06年、外債ファンドの人気一巡で販売ペースが鈍化。資金純流入額は3兆5806億円と、前の年から1兆2000億円減り、純流入額トップの座をFOFに明け渡した。個別ファンドの純資産額としては国内最大の5兆 6351億円を誇り、国際投信投資顧問が運用する外債運用型ファンド「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」も、1兆円を超えていた純流入額が 06年は5560億円にとどまった。
国内外の株式や債券、不動産投資信託(REIT)など複数の資産を組み合わせた分散型の需要が高まったのは、年金収入の補完を一段と意識し、頻繁に分配金を受け取る定期分配型を採用するなど商品性に工夫を凝らした点が挙げられる。さらに、組み入れた海外資産のパフォーマンスが良く、為替も円安に振れて差益を享受できたため、本来は安定運用が特徴ながら、運用成績は好調に推移。「購入していた投資家が運用益を享受できたことで、高水準の需要が続いている」(モーニングスターの朝倉智也代表取締役COO)面もある。ただし、為替ヘッジをせずに海外資産を多く組み入れているファンドは、為替がこれまでと逆に円高に振れた場合、「損失が膨らむ。バランス型による安定運用というイメージが崩れる可能性があり、注意が必要」(朝倉氏)だ。
高配当利回り株投信は1年で3兆円増加
配当利回りの高さに着眼して投資するいわゆる「高配当利回り株投信」も、投信に馴染みがなかった客層を取り込んで残高を伸ばしている。投資信託協会の金子義昭副会長は、追加型株式投信のファンドオブファンズへの資金純流入額が06年12月に1兆1200億円、1月に8600億円と膨らんだことについて、「グローバルな高配当利回り株ファンドが多いようだ」と分析している。
UBS証券の調べでは、高配当利回り株は過去1年間に本数ベースで3割、純資産では3兆円(2.7倍)増加した。業績回復と買収防衛の観点から、企業は配当政策を重視し始め、増配する企業が相次いでいる。実質ゼロ金利を長期間強いられている個人にとっても、利回りの高さを手掛かりに買いやすかった。 「家計部門からリスク資産への継続的な資金シフトや長期金利の低位安定、高い企業の増配余地といった構造要因から、高配当利回り株ファンドへの資金流入は当面続く」と、UBS証の平川氏は予想する。
相場への影響力
こうした投信事情は、需給面から日本株相場全般、個別銘柄にも大きな影響を与えそうで、「ダンカイマネー」の存在感はここにもその大きさを確認することができる。日本株で運用する高配当利回り株投信で、純資産総額が1位の「ダイワ好配当日本株投信」(設定、運用:大和証券投資信託委託)と、2位で野村アセットマネジメントが運用する「日本好配当株投信」に共通する組み入れ上位10位以内の銘柄は4つあるが、いずれも高い投資収益を上げている。両ファンドとも組み入れ1位としているトヨタ自動車は、1月末までの1年間で33%上昇し、上場来高値を更新。JFEホールディングスも64%値上がりして最高値を付け、日産自動車とキヤノンも東証株価指数(TOPIX)を上回る投資収益を記録した。
また、資産運用ニーズの高まりは、投信を販売する証券会社や銀行といった金融機関にとって、販売手数料や預かり資産に比例する信託報酬など手数料収入の増大をもたらす。さらにスパークス・グループ、ファンドクリエーションなど上場する運用会社も、信託報酬や成功報酬の増加を享受できることから、「団塊世代の退職」を投資テーマとして取り上げる際の関連銘柄に上るケースが増えている。
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【ダンカイマネー】欧米勢も興味津々、低調消費にアクティビスト現る
(2007年2月22日、浅井 真樹子記者 {NXTW NSN JDUR0H076GHT<GO>})
記事についての記者への問い合わせ先:東京 浅井 真樹子 Makiko Asai masai@bloomberg.net
更新日時 : 2007/02/26 08:36 JST