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11/14 ブルームバーグ コラム

【FRBウオッチ】円キャリー取引の真実-「資本流入国に住む幸せ」

11月13日 ブルームバーグ):「資本が流出していく国に住むよりも、資本が流入してくる国に住むほうが幸せだ」。1997年6月の米財務省会議室。サマーズ財務副長官(当時)は緊急記者会見でこう表明した。

米国訪問中の橋本首相(当時)が、コロンビア大学で「日本が米財務省証券を売却して、金に切り替えるという誘惑に負けないように、米国も為替相場の安定に向けて努力と協力をしてほしい」と言明。同首相の発言をきっかけに米国債相場は急落。自尊心を傷つけられたサマーズ副長官は、資本が流出する日本を軽んじる発言で応じた。筆者は会見でこの副長官の発言に接し、基軸通貨国の傲慢さを感じた。

同副長官の発言に対しては、米国人記者の間からも「行き過ぎだ」といった声があがった。もっとも、橋本首相がすぐに「真意が伝わらなかった」と釈明したため、問題化せず、サマーズ氏はその後、財務長官に昇格。ブッシュ政権成立後にはハーバード大学学長として転出する(もっとも同氏の直情的な発言癖は直らず、男女差別をめぐる問題発言で今年6月にハーバード大学学長を辞任している)。

一段と高まる「資本流入国の幸せ」

ただし、サマーズ氏はハーバード大学創設以来、最年少の27歳で教授に就任した俊英だけに洞察力に優れていることは間違いない。サマーズ副長官の「資本流入・流出国」の話から、9年経った現在、円キャリー取引が脚光を浴びている。そして、「資本が流入する国の幸運」も変わっていない。流入する資本に舞い上がって住宅フロス(小さな泡の集合体)が形成され、それが吹き飛ばされたあとも、なお海外からの資金流入で市場金利は低水準に維持され、大幅な調整は免れている。

米国では海外からの資金流入もあって、住宅はその数量、一戸あたりの広さを年々拡大してきた。住宅には生産能力がほとんどないものの、巨大な「需要力」を生み出す。一方、日本をはじめアジア諸国は、強力な「生産力」で多くの高性能製品を作り出し、米国に供給、ドルを受け取っている。ただし、これらの国々は内需が弱く、余剰資金が再度、米国に向かう。9年前の構図は何ら変わらないどころか、中国や他のアジア諸国も加わって、サマーズ副長官の言う「資本流入国の幸せ」は一層強まっているようにさえ見える。

円キャリー取引は金利の低い日本で資金を調達して、米国など高金利通貨で運用するもの。このところ同取引が脚光を浴びてきたのは、日本銀行の超低金利が長期化するとの読みが背景にある。日銀は今年7月に政策金利を0.25%に引き上げたが、2004年6月に利上げを開始した米国との金利格差は5%にも広がっている。日銀は利上げへの前傾姿勢を示唆しているものの、政府からの圧力もあり、市場では急速な利上げは困難と見透かされてしまったようだ。

日銀が市場で予想されているように年内あるいは来年早々に追加利上げに踏み切ったとしも、政策金利はなお0.5%。連邦公開市場委員会(FOMC)は2003 年6月の最終利下げの時点で、0.75%への大幅利下げを避け、1%で思いとどまった経緯がある。これは0.5%とされる「ゼロ金利制約」の罠を逃れるのが一つの根拠とされた。FOMCは流動性の罠に陥り、金利政策の効果が失われることを恐れたわけだ。

「資本流出国」の悲哀

つまり、日銀が追加利上げに成功したとしても、なお「ゼロ金利制約」の範囲内にとどまる。東短リサーチのチーフエコノミスト加藤出氏は「コールレート 0.25%と0.5%の違いを熱く論じても、それは虫眼鏡を覗きながらの議論にすぎない面がある」と指摘する。

FOMCもECBも利上げ局面を「緩和の解除」と説明しながら進めてきたが、日本は「緩和の解除」より前段階の「ゼロ金利制約」からの脱出の最中にある。このような異常緩和の解除に対してさえ、政府が圧力をかけるようでは、「資本流出国」の悲哀を克服することなど到底おぼつかない。

こうしたくびきを外すためには、政府が金融政策の独立性を尊重することが不可欠だろう。金融政策に対する政治の介入が市場を混乱させることは歴史の証明するところだ。政治からの独立性の高さを誇る連邦準備制度理事会(FRB)でさえ、先代ブッシュ政権時代までは、政府の圧力による市場の乱高下に悩まされていた。

政治圧力は大幅円高リスクを内包

FRBが独立性を達成し得たのは、グリーンスパン議長の政治力もさることながら、クリントン政権時代のルービン財務長官が首尾一貫してFRBの独立を支援したからに他ならない。

日本政府も日銀に圧力をかけて、異常な低金利を続けさせ、資金の海外流出を促進するようでは、いつまでたってもサマーズ氏が的確に指摘した「資本流出国」の桎梏(しっこく)から脱することはできまい。97年6月の米財務省記者会見室で、サマーズ副長官が資本流入国と資本流出国の明暗を強調したときに、米国人記者から日本人記者である筆者に対して、投げかけられた同情と哀れみのない交ぜになった視線を思い出す。

しかし、その時、橋本首相とサマーズ副長官の鞘当てが1年後のドル暴落の序曲になろうとは思い至らなかった。同副長官が「資本流入国賛歌」を口ずさんでいた15カ月後の98年10月。突如として円キャリー取引の巻き戻しが発生する。ドルはその直前の高値1ドル=135円台から一気に110円台割れ寸前まで叩き落された。

歴史は繰り返すとすれば、今回、キャリー取引が脚光を浴び始めたことはドル暴落のリスクを内包している可能性が高いということになる。日本の超低金利が「今後もかなり長期間継続されると市場に強固に信じ込まれてしまうと、一方向にポジションを傾けすぎる人々が累増し、さまざまなインバランスが蓄積されてしまうリスクがある」(東短リサーチ加藤出氏の「ウイークリーリポート」)。

日本政府の日銀に対する利上げけん制は、円キャリー取引を増幅し、結果的に大規模な巻き戻しを誘発、強力な円高を生み出しかねない。日本政府の中央銀行に対する圧力は、結果的に日本の景気に対して最も好ましくない「円高」という副作用を招く恐れがある。