11/8 ブルームバーグ コラム
市場の視点】早期利上げの狙いは資産バブル抑制-不動産・為替過熱
11月8日(ブルームバーグ):日本銀行が早期の利上げを志向する真の狙いは、不動産や外国為替取引などに見られる資産価格の高騰や投資の過熱を抑制することにあるという見方が市場関係者の間に広がっている。
福井俊彦総裁は「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)を踏まえて7日に都内で行った講演で、利上げ時期の特定は避けながらも、「急激な調整を避けるため、フォワード・ルッキングに行動していく。前もって緩やかに対応していく」などと述べ、早期の利上げを目指す姿勢を鮮明にした。
足元の経済指標は9月の鉱工業生産が減少に転じ、家計消費支出は9カ月連続のマイナスと弱含んでいるが、福井総裁は講演で景気回復のけん引役が企業から家計に次第に移っていく予測を堅持。日銀の経済・物価見通し自体が「市場や企業が先行きの政策変更を織り込んだ上で意思決定していることを前提としたもの」との認識まで明確に示した。
クレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミストは、日銀が早期利上げにこだわる真の狙いは、低金利の長期化が資産バブルにつながる事態を避けることにあると指摘する。
福井総裁の講演を聴いたみずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「追加利上げという結論ありき、というのが聴講した人の多くが抱いた印象だろう」と語った。
景気は短期的には踊り場に差し掛かったと見る市場関係者もおり、金融市場も利上げが12月か1月になるところまでは織り込み切れていない。将来の政策金利に対する予想を映すユーロ円先物金利は2007年3月物が0.720%前後と、年度末までの利上げは織り込んだとされる水準だ。
「金融行動」=資産バブル
クレディ・スイス証券の白川氏は、日銀が利上げを早めたい真の理由を読み解くカギは、展望リポートや総裁講演に盛り込まれた「金融行動」の4文字にあるという。
展望リポートの「金融政策運営」の章には、「確率は高くなくても発生した場合に生じるコスト」に関して、「例えば、仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、金融行動・投資行動などを通じて、・・・」とあり、過熱とその反動が安定的な成長の持続を妨げる懸念が明記されている。
ところが、直前にある「上振れ・下振れ要因」の章では、海外動向に次ぐ第2の要因として「企業の投資行動の一段の積極化」が挙げられているものの、「金融行動」という言葉に対応する個所は見当たらない。
展望リポート、総裁講演とも、極めて緩和的な金融環境の下で「企業が期待成長率や資金調達コスト・為替相場見通しなど、採算に関する楽観的な想定に基づいて投資を一段と積極化」した場合、景気や物価が過熱とその後の反動に見舞われると警戒。ただ、武藤敏郎副総裁は2日の参院財政金融委員会で、今の時点で設備投資が過熱しているとは見ていない、と述べている。
白川氏は、この「金融行動」とは、個人投資家による投資信託や不動産、外為証拠金取引などを通じた投資の行き過ぎを指していると解読する。「貯蓄から投資へ」の重要性は福井総裁自身がたびたび言及するところが、過熱状態となれば話は別というわけだ。
日銀が懸念するのは、経済実態に比べて過剰ともいえる金融緩和が長期化するという「期待」が蔓延すること。こうした期待が投資の過熱につながるのを防ぐため、日銀は「景気がよほど悪化しない限り、半年に一度くらいは、金融緩和の是正という意味での利上げを続けるというメッセージを発信し、期待をコントロールしたいのだろう」と白川氏は読む。
一時的な景気減速局面にあっても、政策金利を年に最低でも0.5%ずつ上げていけば、2.5%前後とみられる中立水準まで3年程度で到達する可能性が高い。福井総裁の言う通り、5年もかからないことになる。
不動産はすでに過熱状態
メリルリンチ日本証券の熊谷亮丸・債券ストラテジストは「不動産市場ではすでにバブルが発生している可能性がある」と警告。「日銀は警戒感を強めているはずだ」と指摘する。
熊谷氏の試算によると、比較的安定的な利回りが期待できる優良オフィスビルの収益率と、最も安全な長期資産である10年物国債利回りの格差は、1997年度の8%ポイント弱から、直近の05年度には0.5%ポイント程度にまで縮小した。この利回り格差はニューヨークでは3%ポイント弱、ロンドンでも1.5%ポイント前後あり、「国際比較の観点からも、過熱感は否定できない」(熊谷氏)。
こうした不動産市況の過熱ぶりをもたらしているのが、投資目的法人やSPC(特別目的会社)を通じた投資マネーだ。都市未来総合研究所の調査によると、両者が不動産の購入件数に占める割合は05年度には6割を超えた。上場型不動産投資信託(J-REIT)が保有する不動産は6月末時点で約4兆5千億円と、1年間で1.8倍に膨れ上がった。
外為取引は1年で10倍に
少額の元手で多額の外国為替を売買できる外国為替証拠金取引にも、個人の投資マネーが流れ込んでいる。
例えば、東京金融先物取引所が昨年7月に始めた外為証拠金取引「くりっく365」。月末時点の建玉は10月には約19万6000枚(1枚は1万通貨単位、ドルなら1万ドル)と、1年間で10倍に増加。1日当たりの取引数量も前年同月の3倍を超える6万1000枚余りに達した。
福井総裁の講演では、投資の過熱懸念のくだりでは展望リポートより一歩踏み込んで、短期金利の低さと、実質実効為替レートが1985年のプラザ合意直後以来の円安水準となっていることにも言及している。
明示は政治的に困難
日銀が資産価格の高騰に対する懸念を利上げの理由として明示しないのはなぜか。メリルリンチ日本証券の熊谷氏は「不動産市況の抑制を理由にした利上げは政治的に難しい」と指摘する。
3大都市圏の商業地では地価の上昇幅が拡大しているが、地方などでは下落が続く。来夏の参院選が視野に入るなか、「格差」の問題につながる恐れもあるからだ。日銀が調べた「企業や一般の生活者の物価に対する見方を紹介したほうが賢明」(熊谷氏)ということになる。
クレディ・スイス証券の白川氏は、日銀が目指す物価安定下の安定成長と、安倍晋三政権が掲げる「成長なくして財政再建なし」路線の違いに着目。経済財政諮問会議で物価上昇率の適切な範囲内での安定化が取り上げられたのも、「日銀に対する政府の不安感の表れ」と読む。
今回の講演の1年前、福井総裁は量的緩和政策の解除に強い意欲を示した。ところが2日後、自民党の中川秀直政調会長(当時)が日銀の独立性にまで言及する形で解除をけん制。安倍晋三官房長官(当時)や小泉純一郎首相(当時)まで、解除は時期尚早との認識を相次ぎ表明。市場での解除観測が一時、急速に後退した経緯がある。
それでも日銀は翌06年3月、量的緩和政策の解除にこぎつけた。新興企業ライブドアをめぐる証券取引法違反事件にもかかわらず、日経平均株価は上昇基調を回復。解除の基準だったコアCPI(消費者物価指数)は、日銀の見立て通りにプラス幅を拡大。1月分の生産等の強さも追い風となった。
ABNアムロバンク国際資金為替部の永井伸マネージングディレクターらの市場関係者によれば、今回は7-9月期の国内総生産(GDP)や10月以降の生産、物価関連指標が芳しくなかった場合でも、金利の正常化を掲げる日銀が市場に利上げを織り込ませることが出来るか、政府・与党からの風圧に屈せずにいられるかが焦点となる見通しだ。