野放図な増資を許す仕組み
2006/10/26(木)18:08
野放図な増資を許す仕組み
10月26日付の日本経済新聞は、証券会社の引き受け審査を厳しくするよう、日本証券業協会が基準を新設することを報じています。具体的には、日本証券業協会が、調達資金の使途などに関する審査の厳格化を引受証券会社に義務づけ、公募増資など株式発行で企業が資金を調達する「エクイティ・ファイナンス」を野放図に拡大するのを防ぐようにします。
日本証券業協会が証券会社の引き受け審査を厳しくするよう求める背景には、エクイティ・ファイナンスで企業が安易に資金調達する例が目立ち始めたことにあります。たとえば、日本航空は、株式総会のわずか2日後に、発行済み株式の35%もの新株を発行することを決め、約1,500億円を調達しています。日本航空は、資金調達の目的として新型航空機の取得と説明していますが、2007年3月に償還期限を迎える社債のために1,000億円程度の資金が必要だったこともあり、日本航空は資金繰りのために大型増資を実行したと批判されています。
銀行が企業に融資をする場合には、企業の財務状況だけでなく、融資で得た資金の使い道(使途)も精査します。融資資金が、社長の遊興費や不採算投資など企業の収益拡大に結びつかない目的に使われてしまうと、融資資金が返済されない可能性が高まるからです。
公募増資などのエクイティ・ファイナンスで得た資金も銀行融資と同じく、企業収益の拡大に使われるはずです。また、銀行融資でもエクイティ・ファイナンスでも、企業に一度は資金を渡すものの、企業は資金の出し手に利子や配当を支払い、必要があれば資金の元本を返すことが期待されている点も同じです。このため、本来であれば、エクイティ・ファイナンスであっても銀行融資と同じように調達資金の使途については精査し、資金使途が不明確な場合はエクイティ・ファイナンスの実施は困難になるはずです。
ただ、銀行融資では資金の出し手が銀行であるのに対し、エクイティ・ファイナンスでは、資金の出し手が投資家である点に違いがあります。
銀行融資の場合、融資資金の源泉は銀行預金となります。銀行は預金の全額保護を義務付けられているため、銀行は融資を実施する際にも、融資の貸し倒れによって預金の保護が難しくならないように十分配慮します。
一方、エクイティ・ファイナンスの場合、資金の源泉は投資家の資金です。証券会社はエクイティ・ファイナンスの段取りを整えますが、投資家の資金を保護する義務は(法的には)ありません。「株式投資は自己責任で」という言葉があるように、投資資金の行方については投資家自身が責任を持つのが基本です。言い換えれば、エクイティ・ファイナンスが無事終了し、所定の手数料を受け取ることができれば、
証券会社は投資家の資金を保護する動機(インセンティブ)が銀行に比べて少ないといえます。むしろ証券会社の立場から考えれば、資金使途を詳しく調べることで、企業のエクイティ・ファイナンス意欲が低下するよりも、企業が気軽にエクイティ・ファイナンスできるように仕向けるほうが得策といえます。
こうした話を耳にすると、「証券会社は銀行に比べて怪しからん!!」と感じる方もいるかもしれません。しかし個人的には、そうした考え方はやや勘違いのように思えます。銀行も証券会社も一営利企業であるのは同じで、どちらも行政などが決めた法律や規制のもと、企業収益を確保するために合理的な行動をしているだけかもしれません。おそらく「怪しからん!!」のは、証券会社ではなく、規制等を通じて証券会社の行動を投資家保護の方向にこれまで導こうとしなかった行政や業界団体のように思えます。
村田雅志(むらた・まさし)
●●●●●今日のクイズ●●●●●
銀行融資とエクイティ・ファイナンスの大きな違いは?
●●●●●クイズの答え●●●●●
銀行融資の場合、資金の出し手は銀行(ひいては預金者)であるのに対し、
エクイティ・ファイナンスの場合は、資金の出し手は投資家。