10/11 ブルームバーグ コラム
【FRBウオッチ】米住宅市場「最悪期は経過」-新旧議長対話に陰陽
10月10日(ブルームバーグ):グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は6日、米国の住宅市場の不振について「最悪期は過ぎたかもしれない」と語った。バーナンキ議長はその2日前に、「住宅市場は目に見える調整過程にある。下期のGDP(国内総生産)成長率を1%ポイント押し下げることになろう」と表明。新旧議長の発言は明暗を分けた。
これは新旧議長が焦点の住宅市場について、見解が大きく相違しているわけではない。表現方法の差が象徴的な形で現れたに過ぎない。グリーンスパン前議長は、住宅市場は最悪期にあるが、その中でも峠を越した可能性があると述べたものだ。前議長はカナダのカルガリーで開催された会合で講演し、週間の住宅ローン申請指数が「非常に急激に落ち込んだ後、下げ止まっている」ことをその根拠の一つとして指摘した。
昨年夏、グリーンスパン議長(当時)は過熱する住宅市場について、小さな泡つぶの塊を意味するフロス(froth)と命名した。今回の住宅不振は在庫調整を主因としている。新築一戸建て住宅在庫は2001年3月の29万2000戸をボトムに上昇軌道を描き、フロスのピークをつけた昨年7月には46万4000戸と、ボトムに比べ59%急増していた。
住宅在庫の山はピーク
その後、住宅販売が減少に転じる中で、在庫は増え続け、今年7月には57 万戸に達し、ピークを付けた。そして8月には56万8000戸と、小幅ながら減少に転じてきた。実際に減少局面に入ったかどうかはなお予断を許さないが、ピーク圏に達したことだけは、まず間違いあるまい。在庫を山に見立てれば、峠に差し掛かったことは間違いなく、すでにピークを経過しているかもしれない。グリーンスパン前議長はそう述べた。
一方、バーナンキ議長は現状について、4日の講演後の質疑応答で、「皆さんが認識しているように、住宅市場は目に見える調整過程にある」と指摘。その上で、「今年下期にはGDP成長を1%ポイント押し下げ、来年もある程度成長の足を引っ張る」と述べた。現状を同議長のスタイルで明快に分析した。
グリーンスパン前議長は、現状を最悪期と認識しながらも、ローン申請統計の分析などを通じて、「最悪期を経過した可能性がある」と変化を前向きに捉えたものである。新築一戸建て住宅在庫の山はピーク圏にあり、その頂上で前議長は寒さに震えながらも、先行きに曙光を見ているようだ。
9月27日付の当欄で、グリーンスパン前議長ならば、絶妙なフレーズで、住宅市場の底入れが近いことを示唆する頃合だと指摘した。実際、その9日後の今月6日にグリーンスパン議長は「最悪期は経過した可能性がある」と表明。さらに9日には、住宅市場について、「おそらく最悪の局面は過ぎ去ったと言えるのではないだろうか。つまり、落ち込みの度合いは劇的に鈍化するだろう」と、より確信を強めたようだ。
住宅は90年並みの落ち込み
バーナンキ議長は、同じ状況について、今年第3、第4四半期に実質GDPを前期比年率で1%ポイント押し下げると指摘したもの。同議長は米国のGDP比較の慣例に従って、四半期ベースの年率換算を念頭に置いている。バーナンキ議長は「住宅投資が来年も景気の足をある程度引っ張る」としたが、マイナスの程度は縮小するというニュアンスだった。同議長は今年下期が最悪期ということを認識しているようだ。
今年下期はすでに半分経過しており、グリーンスパン前議長は第3四半期が最悪期と判断したのだろう。実際、GDP寄与度がマイナス1%に達するほどの住宅不振はボトムを形成するに十分といえる。前回、深刻な住宅不況に見舞われた1990年代前半には、90年から91年にかけてボトムを形成していた。
このときの推移を四半期ごとに見ると、90年第2四半期に住宅投資はGDPに対して前期比年率で0.64%のマイナス寄与となった。さらに同年第3四半期 0.92%のマイナス、同第4四半期0.83%のマイナス、91年第1四半期に0.87%のマイナス寄与と、4期連続で大幅なマイナス寄与を記録した。
そして、住宅投資がボトムを形成した90年第4四半期には実質GDPそのものがマイナス3%、91年第1四半期には実質GDPがマイナス2%を記録。ここで景気後退(リセッション)は終了する。バーナンキ議長が指摘した今年下期のGDPに対する1%のマイナス寄与は、四半期ベースでは、90-91年当時より深い。今年下期にボトムをつけると見るのは自然だろう。
調整期間は短縮か
今回の住宅市場のフロス消滅では、2005年第4四半期に住宅のGDP寄与度が0.06%の初のマイナスに落ち込んだ。そして、今年第1四半期にマイナス 0.02%、さらに第2四半期にはマイナス0.72%と90年代の深刻な規模に接近してきた。
在庫・販売比率は今年7月に7カ月分でピークをつけているが、これは91 年第1四半期につけたピークの9.4カ月分を大きく下回っている。今回の住宅市場低迷は実質的には90年前半より軽症といえる。フロス形成過程で投機が膨らんだため、その急速な巻き戻しにより、今回の急激な落ち込みにつながった。落ち込みのペースが急激な分、調整完了も速い可能性がある。
バーナンキ議長が指摘した1%のGDPマイナス寄与が今年下期で終了。グリーンスパン前議長が予想するように来年以降「落ち込みの度合いが劇的に鈍化する」とみる一つの根拠である。住宅建設は土地取得から、建設着工、完成へと数年間を要するプロジェクトであり、短期的な在庫調整は困難だが、年内にピークをすぎ、来年は徐々に在庫が減少に向かうと見られる。
住宅以外は堅調
今回は住宅投資部門の不振が顕著だが、その他の部門はなお堅調を持続している。高級住宅建設業者トール・ブラザーズ社のロバート・トールCEO(最高経営責任者)は、「私は雇用が減少していない中で、住宅市場が下降するのをこれまで見たことがない。今回は失業率は低く、雇用が創出され、株価は安定し、金利も相対的に低い」と述べている。
前回、住宅不況に見舞われた1990年第4半期には個人消費が実質ベースでGDPに対して前期比年率1.9%のマイナス寄与、91年第1四半期には1.2%のマイナス寄与となった。企業設備投資は90年第4四半期に0.84%マイナス、 91年第1四半期には1.14%のマイナス寄与となり、主力の個人消費や企業設備投資などが先導して、リセッションに陥っていた。
今回は住宅投資が四半期ベースでは、90、91年並みの落ち込みを記録しているが、主力の個人消費は所得増を背景に堅調を持続。企業設備投資も緩やかな伸びを続けている。今年第2四半期の実質GDPは前期比年率2.6%増加したが、このうち個人消費の寄与度が1.81%、企業設備投資が0.45%、在庫投資が 0.44%、純輸出寄与度が0.42%、政府支出0.16%と軒並みプラス寄与。マイナスは住宅投資だけだった。
住宅のマイナス0.72%寄与が響いて第3四半期の実質GDPは2.6%成長と、3%前後とされる潜在成長率を下回ってきたが、なお緩やかな調整の範囲にとどまっている。第3四半期は、住宅投資のマイナス寄与度がバーナンキ議長によると1%に拡大。また、在庫寄与度の縮小が予想されるため、実質GDPは2%前後に減速するとみられている。
PECコア価格指数の罠
コーンFRB副議長は6日の講演で、景気減速シナリオには下振れリスク、インフレ鈍化シナリオには上振れリスクがあると指摘。総合すれば、「インフレリスクがより大きい」と予想。現在の「政策金利が最適水準」との見解を表明した。FOMCが重視する個人消費支出(PCE)コア価格指数は年間2.5%上昇と、最適水準とされる1-2%上昇を超えているため、同副議長としては、インフレ抑制姿勢を強調せざるを得なくなっている。
ただし、コアPCE価格指数は住宅賃貸料の比重が高く、住宅販売市場の逆方向にブレる傾向がある。現在のような住宅販売の低迷期には、賃貸物件の需要が拡大して賃貸料の上昇を招く。コアCE価格指数もこの影響を受けており、FOMCがインフレ抑制を重視するあまり、政策金利を高水準に維持すると、住宅市場の一段の下振れにつながるリスクがある。
引き締め行き過ぎも
2003年から2004年の住宅ブーム初期には賃貸物件への需要が急激に後退し、賃貸料金が急落。コアインフレ率は急低下した。これがFOMCのデフレ警戒を呼び、政策金利は1%と「異常な低水準」(コーン副議長)にまで引き下げられた。この超金融緩和により、住宅市場のフロスを醸成したわけだ。
そして、住宅販売市場の低迷期に入ると、今度は賃貸料上昇によるコアPCE価格指数の上振れが発生。これを受けて、FOMCは金融政策をインフレリスク対応型にとどめている。賃貸料金は住宅販売市場の鏡像を形成しており、上下いずれの方向にも金融政策の行き過ぎにつながるリスクがある。
コーン副議長は6日の講演で、住宅市場の下振れリスクに言及したが、コアPCE価格指数に固執するあまり、その原因を自ら作り出している可能性もある。