10/6 ブルームバーグ コラム
「日銀ウオッチ」武藤副総裁発言で市場は再び年内追加利上げを意識へ
10月6日(ブルームバーグ):「クリスマス商戦は米国の消費動向を占う上で非常に重要だが、その見極めがないと政策展開ができないという考え方を取っているわけではない」――。日本銀行の武藤敏郎副総裁が5日、京都市内で講演と会見を行った。いったん遠のいたかに見えた年内追加利上げの可能性だが、武藤副総裁の発言で、市場は再びその可能性を意識し始めたようだ。
2日発表された日銀の企業短期経済観測調査(短観)。武藤副総裁は「今まで説明してきたわれわれの立場が、この短観によって確認されたと見るのが妥当だ」と評価した。短観に対する日銀の分析はおおむね次のようなものだ。まず、米国経済をめぐる不透明感は依然あるが、企業の見方は一部の悲観派エコノミストと異なる。海外での製商品需給判断DIは高水準で推移しており、先行きもほぼ横ばいだ。景気回復局面で先行きの業況判断が慎重なのは統計のくせでもある。
企業収益が上期に上方修正、下期に下方修正されたのは、企業がこの時期に年度計画を変えたくないがための数字合わせの結果だ。為替の想定が現状より円高(1ドル=111円台)となっていることや、最近の原油下落が完全に織り込まれていないことを考えると、収益面で2つののりしろが存在する。設備投資計画は強めで、雇用、設備の不足感が強いこともおおむね想定通りの展開だ。
米国経済の失速リスクは低下
そうした中、米国経済については一時、景気減速下のインフレというスタグフレーション的状況が心配されたが、原油相場下落という強い追い風が吹き始めた。武藤副総裁は講演で「住宅価格の下落は資産効果を通じ、消費にマイナスの影響を与えるのではないか、という懸念がある一方、原油価格がひところに比べ落ち着きをみせていることが消費にプラスの影響を与える、との見方もあり、今後の個人消費の動向や消費者コンフィデンス指標が注目される」と述べた。
もう一つのリスク要因であるIT(情報技術)需要を見る上でも、米クリスマス商戦がカギになる。「12月の米小売売上高が出るのは来年1月中旬。クリスマス商戦の結果を見極めようとするなら、年内の追加利上げは、よほどの米景気指標全般の急加速でもない限り排除できる」(みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミスト)という見方が出るのも、当然と言えば当然だろう。
こうした見方に反論したのが、冒頭の武藤副総裁の発言だ。クリスマス商戦の行方は同時進行でも把握できる、というわけだ。11月の消費者物価(12月末公表)で携帯電話による押し下げ分(0.15%)がはく落するのを確認できる年明けまで、利上げは難しいという見方に対しても、武藤副総裁は「物価は重要な1つの指標ではあるが、物価だけで判断するわけではない」と一蹴した。
市場は最も遅行指標の消費者物価に注目
日銀の目下の悩みの種は、労働需給のひっ迫にもかかわらず賃金が伸び悩んでいることだ。賃金の低迷は個人消費の足を引っ張るだけでなく、物価に対しても単位当り労働コスト(ULC)の低下を通じてマイナスに働く。武藤副総裁もこの点については「雇用者所得の着実な増加が個人消費を後押しすると考えられるわけだが、確かに一部の販売統計を見ると、7、8月はやや弱めの統計が出ている。もう少しこの状況を注視していきたい」と述べ、判断を留保した。
もちろん、消費者物価の基準年改定で前年比伸び率が下方修正され、目線が下がったこともあり、日銀にとって追加利上げを急ぐ必要はない、という材料が補強されたのは確かだ。11月の消費者物価指数で0.1-0.2%でも物価の伸びが上乗せされれば、政治的な面からも追加利上げの説明はしやすくなる。
しかし、消費者物価は経済指標の中では一番の遅行指数であり、それを見て政策判断をすれば誤る、というのが中央銀行の常識だ。量的緩和政策の解除後、先行きの経済・物価情勢を見て判断するという習慣がせっかく根付きかけたのに、指数の改定で市場の目は再び足元の物価に注がれている。年明けまで待てば、そうした風潮を助長することにもなる。一歩先の行動を身上とする福井総裁であれば、11月分の公表前、つまり年内追加利上げという選択肢は十分あり得よう。
密かに注目された土地投資額
9月短観で日銀関係者が密かに注目したのは、土地投資額だ。06年度は全規模合計で前年度比5%減。6月調査からの上方修正率は18.5%に達する。05 年度の実績値は8.3%増だったが、今年3月調査までは水面下で推移し、6月調査でプラスに上方修正された。06年度は次回12月調査で恐らくプラスに転じると日銀は見ており、土地投資は強いというのが日銀内の一致した見方だ。
9月19日発表された06年の基準地価(7月1日時点)は、3大都市圏の住宅地が0.4%、商業地は3.6%それぞれ上昇した。住宅地や商業地を含む全用途平均も0.9%上昇と、バブル後初めてマイナスを脱した。12月短観は12月15 日公表で、年内最後となる金融政策決定会合(18、19日)の直前だ。12月会合で追加利上げがあるとすれば、短観が有力な判断材料になると考えられるが、なかでも土地投資額は注目材料の1つだ。
武藤副総裁はこの日、「次はいつ政策変更を行うかというタイミングについての予断は持っていない。これからさまざまなデータを見ながら判断していく」と繰り返した。8月の機械受注(10月10日)など今後公表される経済統計いかんでは、追加利上げは「早ければ12月の金融政策決定会合」(東短リサーチの加藤出チーフエコノミスト)という見方が増える可能性もありそうだ。
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