10/5 ブルームバーグ コラム
【FRBウオッチ】リスクバランスは実質「中立化」、利下げへの序曲
10月4日(ブルームバーグ):セントルイス連銀のプール総裁は、金融政策の先行きについて、「現在の金利水準で、対称的になっている」(policy outlook today is symmetrical around the current rate)と述べた。9月29 日にミドルテネシー大学で講演したあと、記者団の質問に答えた。
「対称的」あるいは「非対称的」(symmetrical or asymmetrical)は、連邦公開市場委員会(FOMC)が1999年まで使用していた金融政策の方向を示すBias(バイアス)の内容を説明する用語だった。「対称的」は金融政策の中立を示す。「非対称的」は、状況に応じて利上げないし利下げ方向を指す。
2000年以降、バイアスに代わって、「景気の弱さ」ないし「インフレ」のいずれの方向にリスクが傾いているかを示す現行の「リスクバランス」方式に移行している。この「リスクバランス」は2003年のデフレ警戒と「慎重なペース」(measured pace)による利上げ過程で、変容を余儀なくされ、形骸化してきた。
市場は「中立」を利下げ方向と解釈へ
9月20日のFOMC声明はリスクバランスについて、「委員会はなお、一部インフレリスクが残ると判断。こうしたリスクを是正するため、追加的な金融引き締めが必要になる可能性があるが、その程度と時期については、これから明らかになる情報に基づくインフレと経済の見通しの変化に左右される」と指摘。「利上げの可能性がある」と表明している。
FOMC声明はリスクバランスを小幅ながらもインフレに傾けている。この金融政策の先行き見通しに関して、プール総裁は「対称的」と明言した。つまり、FOMC声明に記載されている「一部インフレリスクが残る」というリスクバランスは利上げを示唆しているわけではない。
プール総裁はインフレ・タカ派であり、その総裁が「一部のインフレリスクが残る」中で、金融政策の先行き見通しを「対称的」としたことは、短期的な利上げの再開はないというに等しい。次の焦点はFOMCで、名実共に金融政策の先行きを「中立化」することになろう。「中立化」は利上げも利下げも意味しないが、9月のFOMC声明に掲載されている「一部のインフレリスク」を解除して、完全中立化を宣言すれば、市場は利下げ方向と読む可能性が高い。
焦点は声明「中立化」の時期
実際、プール総裁が金融政策の方向を「対称的」と認識するなかで、FOMC声明で、「一部インフレリスクが残る」と表明しているのは、市場の行き過ぎた利下げ期待を抑える狙いがある。グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は2000年5月に利上げ打ち止めとした後、同年11月までリスクバランスを「インフレ」に傾けていたのは、市場の利下げ期待を押さえ込むことが狙いだった。
バーナンキFRB議長も、景気に配慮して8月のFOMC以降2回続けてフェデラルファンド(FF)金利を5.25%で据え置く一方、インフレ期待を抑えるため、「一部インフレリスク」と「利上げの可能性」を声明に掲載し続けている。景気の減速が鮮明になる中で、次の焦点は、声明からいつインフレリスクを取り除き、「中立」を宣言するかに移ってきた。
成長見通し下振れなら利下げも
プール総裁は先月29日の講演で、「経済が向こう数四半期のうちにFOMCの予想中央値を下回った場合、FOMCは必要に応じて、積極的に対応する余地が生じる」(If the economy comes in below the baseline forecast in coming quarters, the FOMC will have room to act as aggressively as required)と、利下げへの対応についても言及している。
バーナンキ議長は7月19、20両日の議会証言で、FOMCメンバーの予測中央値を基本シナリオ(baseline)として提示していた。それによると、実質国内総生産(GDP)は2006年第4四半期に前年同期比3.25-3.50%成長と巡航速度の成長を達成。07年第4四半期も3-3.25%増と潜在成長並みの伸びを維持する。
第2四半期の実質GDP確定値の伸び率は前期比年率2.6%に減速しているが、前年同期比では3.3%の巡航速度の軌道上にある。FOMCメンバーは基準予想を作成した6月29日の会合で第3、第4四半期の実質GDP伸び率を前期比年率2.5%程度と見積もっていた。
第4四半期は年率2%成長に減速か
カンザスシティー連銀のホーニグ総裁は3日、景気の先行きについては、「適度な成長率が続くと思う。年内の成長率は約2%となるだろう」と予想した。これはFOMCの基本シナリオで想定されていた前期比年率2.5%程度から下振れすることになる。ただ、仮に同年率2%程度に減速しても、ことしは第1四半期のGDP成長率が年率5.6%と発射台が高いため、前年同期比では3%程度の成長を確保できる。
FOMCの予測を小幅下回るものの、潜在成長率程度を維持するとみられ、この程度の減速では利下げにつながるかどうかなお微妙だろう。しかも、ホーニグ総裁は「2007年には2.5%から3%程度へ再び加速し始めるだろう」と予想している。
GDP成長に対する最大のリスク要因は住宅ということで衆目が一致する。住宅投資はGDPに対し3四半期連続でマイナス寄与となり、その幅も広げてきた。ただ、GDP住宅投資に組み込まれるのは新規住宅建設と既設住宅の増改築投資に限られる。GDP全要素に占める住宅投資項目の比率は5.4%に過ぎない。住宅投資が10%減少しても、GDPへのマイナス寄与度は0.6%程度にとどまる。
住宅投資のGDP寄与がマイナス1%に
バーナンキ議長は4日の講演のあと、質問に答え、住宅投資がGDPを1%押し下げるとの予測を示した。これは住宅投資が前期比年率20%近く落ち込むことを想定している。深刻な住宅不況に見舞われた1990年には住宅投資が3四半期連続して年率約21%の落ち込みを記録している。
バーナンキ議長は住宅のGDPマイナス寄与度が1%に達する期間を明示していないが、今年第3、第4四半期に住宅投資が前期比年率で20%近く減少するとみているうようだ。第2四半期は11.1%減少しており、3期連続で大幅に落ち込むことを意味する。
中古住宅市場は底入れの兆し
住宅投資の減速は個人消費や製造業に与える影響も大きい。一方で、商業・工場建設投資は急増しており、住宅減速をある程度補てんしている。商務省が2日に発表した8月の建設支出は住宅のマイナスを非住宅建設が完全に補てんし、前月比0.3%の増加に転じた。住宅着工も急激に落ち込んでいるが、在庫調整が予想以上に進んでいる可能性もある。
住宅市場の85%を占める中古住宅販売は8月に販売が0.5%減と、マイナス幅が大幅に縮小。販売の先行きを示す同成約指数は8月に前月比4.3%上昇した。同成約指数の上昇は3カ月ぶりで、伸び率は2004年3月以来の最大を記録した。
全米抵当貸付銀行協会(MBA)が4日発表した9月29日までの1週間の住宅ローン申請指数も、前週比11.9%上昇し633.9と、6月以降で最大のプラスとなった。住宅ローン金利は8カ月ぶりの低水準に下落しており、住宅購入とローンの借り換えを促している。市場金利の低下が景気の下支えとなっていることを裏付けている。
バーナンキ議長の明快発言にリスク
FOMCは法律により「最大限の雇用確保」と「物価の安定」を義務付けられている。物価はFOMCが重視する個人消費支出(PCE)のコア価格指数で見て、8月に前年同期比2.5%上昇となり、適正水準とされる1-2%を大きく上回ってきた。2.5%上昇はFOMCの今年第4四半期の基本シナリオと一致している。
PCEコア価格指数は既に基本シナリオ(今年第4四半期の前年同期比) 2.25-2.5%上昇の上限に達している。ただ、物価指数は景気に遅れて反応する遅行指標であり、潜在成長率以下の成長にとどまれば、事後的に物価も落ち着いていく。プール総裁も「インフレは最悪期を過ぎたかもしれない」と述べていた。
バーナンキ議長は、7月の議会証言で、インフレ「リスクの管理」を主張しながら、8月のFOMCで利上げを中止し、成長重視に軸足を移している。その後、景気減速が明確になってきた。今後、仮にインフレ指標がベースラインを超えたとしても、インフレ期待の悪化につながらなければ、バーナンキ議長は「雇用の確保」を優先すると見られる。
同議長は住宅投資がGDPを1%押し下げると具体的な数値を挙げて、景気の落ち込みに警告。景気重視に軸足を移したことを一段と鮮明にした。ただ、GDPを1%押し下げるといった明確な発言は市場の過剰反応を生む恐れもある。バーナンキ議長は4月に利上げ休止をめぐって不用意な発言を繰り返しており、今回も市場の波乱要因になりかねない。