学生の頃、しんどい、つらいがけっこうあった気がしていて。
あとから振り返ってみれば、試練ともいえたでしょうか?
で、今、このような人体や自分の使い方とか、自然界この世の仕組み、法則などを学んでいると、学生の頃に悩んでいたことの多くを解釈できそうなコツみたいのがあることに気づいてきます。
で、これを伝えたいとおもうわけです。
自分と似たようなおもいをしているなら少しでも力になれればみたいな。
けれど、今、それらが実感できているのは、
その頃のしんどさがあったからかなー?なんてふうにもおもうのであります。
そういったことを体感していたからこそ、より深く実感しやすいというか。理解だけでない腑に落ちる感じになっているというか。
と、なると、伝えるというよりか、いかにしんどさ苦しさを味わってもらうかのほうがいいんだろうか?
そもそも、そういう身に沁みた感覚がない状態では、どんだけ上手に伝えたとしても、頭ではわかる。けれど。に留まってしまうのではないか?
そんなこともおもったりおもわなかったり笑
もちろん、体感してなくても実感できるひともいるだろうし、体感してても逆にまた別の方向へこじれて余計にわかりにくくなってしまう人もいるかもしれない、さらなる身に沁みる体験をしないと気づかないということもあるのかもしれませんが。
まぉ、そこらへんはほんとによくわからないのだけれど。
ですので、
そういった体感などがあってもなくても、
きっかけになるというところでしかいられないわけで、やはり他者がどうこうしたところで、本人が気づかなければ実質は変わっていないかもしれないわけで。
自分の好きな作品で、物語シリーズというものがあるのですが。そのなかの登場人物の言葉で、自分が自分で勝手に助かるだけ。みたいなのがありまして。と、いうのも、それはたしかにそうなのだよなあと改めておもうのでありました。