名言:流れ進むのは我々であって、時ではない。 | 生き方を真剣に考える

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流れ進むのは我々であって、時ではない。
ー トルストイ
略歴:帝政ロシアの小説家、思想家。代表作に『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など。晩年は、作家の立場を捨て、思想家・説教者として活動した。また、堕落した政府・社会・宗教への痛烈な批判。家出をするが、途中下車した駅の駅長官舎にて肺炎により死去した。

このお言葉を目にした時に有名な一説を思い出しました。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。」
~ 「奥の細道」序文

実に趣のある一文です。かれこれ半世紀生きますと、時の経つのは本当に早いものだと実感されます。ところで、トルストイさんは「流れ進むのは我々」と言われます。ちょっと、どういうことかと考えてしまいますね。
そこで、少し視点を変えて、この半世紀は地球の歴史からするとどれ程の長さかを考えてみました。
地球が誕生してから46億年経つと言われています。半世紀は50年。50年は46億年の92,000,000分の一です。仮に46億年を一年=365日と考えます。一年は、31,536,000秒です。その92,000,000分の一は、0.34秒!長いと思われる半世紀も、地球の歴史を一年に換算したら、たった0.34秒にしか過ぎません。わずか、指パッチンの間なのです。
長生きの地球おじさんにすれば、私の半生は瞬く間なのでした。こちらは「時は流れた」と言っていますが、地球おじさんにしたら、「何かがパッと通り過ぎた」くらいのものです。トルストイさんが「流れ進むのは我々」と言うのも、何となくわかる気がします。
それでも、その46億年は「指パッチンの間」の積み重ねなのですね。かつては人間の一世代は30年と言われていました。日本人の戦前の平均寿命は50年ほどでしたからね。今よりも短いサイクルで、命が綿々と繋がれて来たわけです。
オギャーと生まれて学校に上がって、仕事に就いて、結婚して、子供が生まれて…私達の遥かに先のご先祖様達が、その営みを営々と続けて来たのです。ご先祖様はうんと遡ると、原生動物になりましょうか。この繋がりの一ヶ所でも途切れたら、今の私達はこの世にいません。
地球の歴史に比べたら一瞬でしかない、人の一生。それでも、ご先祖様の一人一人が「滑った転んだ」をやりながら、何とか必死に生きて来た。それが地球の歴史そのものなのです。