2005年に放映された、NHK「課外授業 ようこそ先輩」の内容を本にまとめたものです。

 

先生は装幀家の菊地信義さん。

母校は、神奈川県立藤沢市立本町小学校です。

 

2日間の授業で取り上げるのは「装幀」

 

まずは、図書館から持ってきた本をずらっとならべ、子どもたちに好きな本を選んでもらい、選んだ理由を言ってもらいます。

 

「『キャー、かわいい』って言っているだけではなく、自分の印象をもうひとつことばにする。それがイメージをもったことになるんだっていう話を子どもたちにしたい」という菊地さんの授業はなかなか難しそうです。

 

さて、どこまで子どもたちに伝わるのか、読んでる私もどきどきします。

 

いよいよ「装幀」に入ります。

 

選んだ題材は、谷川俊太郎さんの詩「生きる」の冒頭の7行。

 

生きているということ

いま生きているということ

それはのどがかわくということ

木もれ陽がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ

くしゃみをすること

あなたと手をつなぐこと

 

 

「のどがかわくってどんなときだろう?」

「みんなはどんなときにのどがかわく?」

 

菊地さんが子どもたちに質問をして、どんどんイメージをふくらませていきます。

 

子どもたちが「かわいい」「きれい」のレベルから、次の段階に成長するのは、二日目だろうと、考えていたという菊地さんの予想は大きく外れて、子どもたちの感性の扉は、ほぼ全開。

 

 

―クラスの子どもたちは、どうですか?

 

休憩時間にディレクターに聞かれた菊地さんは「聞かれるまでもない。優秀だ。美術学校より反応がある」と笑い飛ばします。

 

 

一度、それぞれがつくった表紙をボツにして、菊地さんがヒントを出して、「生きる」ってどういうことか、さらに考えます。

 

家に帰ってお母さんに相談したり、友だちどうしで話し合ったり、自分だけの「生きる」を考えに考える。

 

できなくて泣き出してしまう子もいて、その子と一緒に泣いてしまう、菊地さんの心の柔らかさよ!

 

 

 

2日間の授業を終えて、教室を去る菊地さんの様子を、ビデオの速記ではこう記録していました。

 

「菊地 ラストⅣ 目をつぶって瞑想している」

 

このとき、菊地さんは、ほんとうは泣いていたそうです。

 

―思いどおりの授業になりましたか?

「思いどおりなんて言わないでくれ。みんなと一緒につくったんだ。ぼくは十分いただいた」

 

―泣かされましたね。

「泣いちゃった。泣かされるとは思っていなかったな」

 

 

菊地さんが知らない、帰り道の子どもたちの話も記録されていました。

 

「人の役に立つ人になりたい。何かそういう気がしてきた」

「今まで描いた絵の中でいちばんよくできた」

「家族を大切に思うようになった。もっともっと」

 

菊地さんの授業は、子どもたちの心にたくさんの思いを残したに違いありません。

 

人間が生きるということは、その人の過去と、これから生きる未来と。記憶に象徴される過去と、願望や希望につながる未来と、そのすべて。五感にまとわる過去と未来。そのすべてがひとりひとりのものであるとき、それが生きることだと言っている。(~中略~)『生きる』とは、自分の五感ひとつひとつを自分のものとして、自分自身が運転して生きることなんだよ。

 

 

2007年3月10日発行
白水社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。