元号が令和に変わって間もなく、77歳で亡くなった筆者の父。
企業戦士で帰宅は常に遅く、単身赴任もあった、典型的な戦後のお父さんです。
父が末期がんを宣告された残り少ない日々、通院に付き添う筆者は、右傾化していく父に戸惑いを禁じえなかった、というより、不快感さえ感じていました。
筆者は『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『ギャングース・ファイル―家のない少年たち』(講談社文庫)などの著書を持つライターです。
常に若い女性や子どもの貧困問題に目を向ける筆者にとって、父の口から出てくるヘイトスラングは、聞くに堪えない言葉でした。
父はなぜネット右翼になってしまったのか
そもそも右翼とは何なのか
筆者のイメージとは別に、6冊の本から検証します。
日本の分断 私たちの民主主義の未来について (文春新書 1298)
朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論 (朝日新書)
これらの資料の右翼の定義に当てはめると、そもそも父は保守ですらなかったかもしれない?
改めて浮き彫りになるのは、戦後の日本の家族の問題であり、父と息子の問題でもありました。
そして、父の問題を掘り下げていく中で、明らかになる筆者自身の偏見、差別意識。
弱者に寄り添っているつもりでも、別のバイアスがかかり、父に対して公平な見方ができなかった。
父との無言の別れに納得がいかないまま、「なぜ父はネット右翼になったのか」を探る過程は、筆者自身の心に向き合うことにほかなりませんでした。
さすが手練れのノンフィクションライターだけあって、冒頭、父親が亡くなる場面から泣かされます。
人がネット右翼になる理由は、本書では知ることはできません。
浮かび上がってきたのは、一生懸命働き、妻を愛し、子どもを愛し、不器用な仕方でしかその愛を伝えられなかったお父さんの姿です。
そして、自分自身の心の底にある、差別意識や偏見に目を向けていかなくてはと、改めて思うのでした。
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