ポーランドの貴族ポトツキ(1761-1815)がフランス語で書いた物語です。

 

フェリペ5世からワロン人衛兵隊長に任命され、その拝命のためマドリードへと向かうアルフォンソ。

 

途中、従僕とはぐれ、密輸人や盗賊しか住まないという、シエラ・モレナ山脈をさまようことになります。

 

そこで過ごした60日間に彼が経験したこと、出会った人たちの数奇な物語が延々と語られます。

 

隠者、山賊、カバラ学者、怪しげな姉妹、幽霊までが登場し、子どものころに読んだ冒険物語のようでもありますが、子ども向けの本ではありません。

 

話自体もおもしろいのですが、書いた人がまた興味深いです。

 

ヤン・ポトツキは1761年、現ウクライナのピキウで生まれました。

 

13歳になると、スイスでフランス語による教育を受け、学業を終えるとオーストリア軍の将校となり、その後、ポーランドの全国議会へ立候補し、当選。1790年には、革命のまっただなかのフランスを見学し、1800年代になると、ロシア政府ともかかわっていきます。

 

歴史に強い関心を持ち、イタリア語からドイツ語、トルコ語にいたるまで、さまざまな外国語を身につけ、コーカサスから、モンゴル・ウランバートルまで旅をしたというポトツキ。


キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒などが登場し、異文化が交わるスケールの大きな話は、彼の経歴ならではでしょう。

 

と、ここまでを上・中巻を読んだ後に書いたのですが、下巻がまたすごかった。

 

あらゆる事柄を幾何学を用いて説明しようとする学者が登場してから、さらにおかしみが増します。

 

旧約聖書をモチーフに独自の地球創造論を展開するくだりは圧巻。

この小難しい話を喜んで聞くのが、美しく聡明なユダヤ人女性だけというのも、女性の私には爽快です。

 

60日間に語られる話は、どこを切っても短編として成り立つので、剽窃の憂き目にもあったそうです。

 

しかし、いたるところに伏線が張りめぐらされ、それが見事に回収されますので、全編通して読めば、このおもしろさが味わえます。

 

読み終わると、本を読んだだけなのに、何かをやり遂げた後みたいな達成感と高揚感があります(笑)

 

訳者の畑浩一郎さんは解説の中で、「ふと手にとった分厚い本をたまたま読み始め、その面白さに文字通りページをめくる手が止まらなくな」ったと書かれていますが、おっしゃるとおりです。

 

21世紀に至るまで全容がわからず、幻の長編といわれた本書。


日本では初の全訳だそうです。

 

 

〈上〉2022年 5月15日
〈中〉2022年11月15日
〈下〉2023年 1月13日

 

お読みいただきありがとうございます。