横浜といえば
遊びに行く街というイメージですが、本書で扱われるのは観光客が行かないであろう横浜。
寿町や黄金町、曙町といったちょっとディープな空間です。
アントニオ猪木の生家や美空ひばりが生まれた屋根なし市場などが紹介されます。
著者は色町や紛争地などを取材のテーマにしてきたノンフィクションライターです。
横浜生まれの著者が、自らの思い出とともに横浜の歴史をたどっていきます。
なかでも興味深かったのは、赤レンガ倉庫の歴史です。
そもそも赤レンガ倉庫は、江戸時代から明治時代にかけて貿易の拠点となった横浜で、海外から輸入された品物を一時的に保管しておくために建てられたそうです。
1908年(明治41)に着工、1913年(大正2)の完成です。
そこに上州、武蔵、相模、甲斐や信州から、群馬県、八王子を経由して生糸が集められ、赤レンガ倉庫に保管されたようです。
世界遺産に登録された富岡製紙工場は、1872年(明治5)に完成。
明治政府は外貨を獲得する手段として生糸を重要視し、官営の工場として運営していました。
1893年(明治26)に三井財閥に払い下げられ民営化されると、過酷な労働が要求されるようになり、『女工哀史』や『あゝ野麦峠』などの悲劇が生まれたんですね。
民営化された年に、群馬県で遊郭を廃止する廃娼令が出されたのは、女工を確保するためではなかったかという著者の見方が興味深いです。
生糸には、戸塚区の農家だった筆者の祖父との思い出もあり、さらには祖父母の出身地三重県と横浜のつながりが語られるなど、引き込まれる内容でした。
アメリカ軍の基地があった横浜の、異国情緒という言葉だけでは語れない歴史。
行政が葬り、ゆがめようとしている過去なども知ることができました。
影にも目を向けなければ、光の当たる場所も輝かない
奨学金の返済のために曙町の風俗で働く女子学生、谷崎潤一郎が足げく通ったチャブ屋など、まさに裏の横浜です。
2022年5月10日発行
ちくま新書
お読みいただきありがとうございました。