本作『饗宴―エロスの話』は、古代ギリシアの哲学者プラトンが、紀元前4世紀に執筆した作品であり、プラトン哲学の神髄ともいうべきイデア論の思想と、そのイデアの認識を人間にもたらせてくれるエロスの力が論じられています。しかし、通常の哲学書のイメージとは一味違い、思想が物語の中に溶け込むように提示されていて、それが本作の最大の特徴になっています。本作は、第一級の物語を楽しむことを通して、読者を第一級の哲学問題へといざなってくれる、稀有な哲学書なのです。(訳者まえがきより)

 

饗宴(シュンポシオン)とは、男たちが寝椅子に横になって葡萄酒を酌み交わす楽しい飲み会でした。

 

今回は、前日の宴会で疲れ果てていた参加者たちが、酒を飲む代わりにエロスの神を順番に賛美していくことになります。

 

エロスはギリシャ神話の愛の神ですが、同時に、人間の性的な愛や欲望を意味する言葉でもあります。

 

本書では5人の語り手によって、このエロス神への賛美が語られ、それは人間の恋愛への賛美へとつながります。

 

その後、登場するのがソクラテスで、ここからがやっぱりおもしろいです。

ソクラテスは、ディオティマという女性から聞いたという哲学的なエロス論を展開します。

 

神々は誰一人として、知恵を愛し求めもしなければ、知恵ある者になりたいとも思わぬ。すでに知恵があるのだからな。

 

ところが、愚か者もまた、知恵を愛し求めもしなければ、知恵ある者になりたいとも思わぬのだ。なにしろ、愚かさというのものはなんとも始末に負えぬしろもので、美しくもよくもなく、賢くもないくせに、自分はそれで十分だと思い込むのだからな。

 

最後に、酒に酔ったアルキビアデスという人が入ってきて、エロスを賛美するよう求められますが、彼はソクラテスの真実を語ると言って話し始めます。

 

そして、戦場におけるソクラテスの勇気、アルキビアデスを危機から救い出してくれたこと、風変わりな思索の習慣などを語ります。

 

ソクラテスは、荷運びのロバの話とか、それから、たとえば鍛冶屋の話とか、靴職人の話とか、なめし皮業者の話をする。そして、いつも同じ言葉を使って、同じことばかり言っているように見える。しかし、(略)その言葉はとても神聖であり、その中にはたくさんの徳の像が含まれることを見出すだろう。そして、その言葉が関わっているのは、美しくよき人になりたいと願う人が追求しなければならない多くの事柄、―いな、すべての事柄なのだ。

 

プラトンによる創作ですから、本人そのものとはいえないのですが、ソクラテスはなかなか魅力的な人物に描かれています。

 

まえがきのとおり、お話そのものがとてもおもしろい。

当時の習慣、背景などの解説も理解を助けてくれました。

というか、訳者まえがきと解説がかなりのボリュームです。

もちろん解説抜きでも楽しめます。

 

2013年9月20日初版第1刷発行

光文社

定価(本体933円+税)