旅先を決めるように東京から長崎へ移住してしまったという繁延さん一家。

長男は年長、次男は年少で、末娘はまだ生まれていませんでした。

2011年のことです。

 

山の斜面まで住宅地になっている長崎は不思議な景色なのだそうです。

繁延さんが借りた西山地区にある築65年の家は斜面地に建ち、細い階段や坂道が迷路のように張り巡らされ、登っているつもりがいつの間にか下っているという、エッシャーのだまし絵のような世界と表現されています。

 

車庫つきの家は少なく、後づけされたような集合駐車場を利用するのだそうです。

そこで知り合ったのが派手な服を着ているおじさんでした。

 

おじさんが派手な服を着ていたのは、山に猟に入るためでした。

猪肉を分けてもらうようになったのをきっかけに、繁延さんも山に行くようになります。

 

 

 

おじさんは罠猟をします。

罠にかかった猪を鉄パイプで殴り、仕留めます。

 

生き物を殺して食べるというのは、暴力がともなうものだということが、私の胸に深く刻まれた。そうした暴力を、怖いと思わなかったと言えば、嘘になる。たとえ自分に向けられたものでなくとも、強い力は怖かった。

 

人間の住む世界で〝悪いこと"とされていることが、山では当たり前の風景としてあった。“暴力”と“殺す”こと。

 

でもそれは、決して人間だけの行いではなく、ほかの野生動物たちもそうして生きている。だから、山で見る人間のそうした行為は、間違っているとも思わない、という妙な感覚があった。ずっと人間の世界で暮らしていたから(当然だけど)、その外に出るとずいぶんと常識がちがうんだなと思った。

 

 

写真家の繁延さんは、雑誌や広告などのほかに、出産や葬送写真を撮ることもライフワークとしています。

 

3人のお子さんのお母さんとして、山で捕れた何を食べたか分からないような肉を子どもに食べさせることへの不安や、猪を殺してまで食べなくてもほかに食べるものがあるのではないかという逡巡など、食べるということ、生きるということについて、考えさせられます。

 

 

捕った肉を絶対うまく食べてやるということで、いかに猪肉をおいしく食べるか、著者がふだん食べている料理も紹介されていました。

 

〈猪肉の塩漬け〉

塩をまぶし砂糖も加え、ウイスキー、スパイス、月桂樹やローズマリー、玉ねぎや乾燥バジルなどを適当に入れて漬け込み、冷蔵庫へ。

3週間たったら燻製にする。

 

衝撃の旨さだそうです。

あ、お腹が鳴った。

 

〈猪のすね肉シチュー〉

1 ぐらぐら煮る

2 人参と玉ねぎをみじん切りにしてフライパンで炒める

3 2とトマト缶を肉に投入

4 匂いをかぎながら「入れたらいいかも」と思う具材を冷蔵庫の整理をする気分で投入。

(色が悪くなりそうなシイタケ、ニンニク、ショウガ、余ったジャム、ガラムマサラやカレー粉など)

 

猪肉はもらえなかったので、豚バラ軟骨みたいな肉でやってみました。

とってもおいしかったです。

 

間違いなく、私の肉料理への意識は変化した。料理しながらいつも思い浮かぶのが、猪や鹿が死んでいった姿だからだろう。この心持ちはもう抗いようがなく、だからこそ、“かなしい”から“おいしい、うれしい”へと気持ちを転換させたい思いが湧いてくるのだ。

 

 

2020年10月2日第1版第1刷 発行

亜紀書房

定価:1600円+税