乗馬服はひどく複雑で、まるで何かの込み入った儀式をしているようだった。あんまり時間がかかるので、めげそうになった。三ページもかかって女の人の着物を脱がせるミシマの小説みたいだ。「わたしの騎手/ジョッキー」より
ルシア・ベルリンは1936年、アラスカ生まれ。幼少期はアイダホ、ケンタッキー、モンタナなどの鉱山町を転々とし、五歳のときにテキサス州エルパソにある母の実家に移り住んだ。祖父は腕はいいが酒びたりの歯科医、母も伯父もアルコール依存症という環境だった。
みずからのアルコール依存症を克服し、刑務所などで創作を教えるようになり、大学で准教授となるが、2004年、がんにより死去。68歳の誕生日だった。
生涯に76の短編を書き、77年に作品集が世に出るが、長く「知る人ぞ知る」作家だったという。再び発見されるのは、2015年「A Manual for Cleaning Women」が出版されてから。
本書はその中から24の短編を翻訳して出版された。
「ルシア・ベルリンの小説は、ほぼすべてが彼女の実人生に材をとっている。そしてその人生が実に紆余曲折の多いカラフルなものだったために、切り取る場所によってまったく違う形の断面になる多面体のように、見える景色は作品ごとに大きく変わる」。(訳者あとがきより)
わたしは家が好きだ。家はいろいろなことを語りかけてくる。掃除婦の仕事が苦にならない理由のひとつもそれだ。本を読むことに似ているのだ。「喪の仕事」より