若い頃に読んだ古典はあとで必ず読み返すべきであると思う。若い頃に読んだから、もう一度読み返すのは御免だというのであれば、はじめから読んで置かない方がましであろう。
入手できない書物にあるいは潜んでいるかも知れない未知の重大な思想も、触れなければ触れないで済まして置こうと思う。未知の恋人同様、会わなければ会わないで、また心安らかであろう。
入手しそこなって一生の損失となるようなそんな新刊書がどれくらいあるだろうか。苦情は当たらない。僕は繰りかえし読む百冊の本を持っていることで、満足しているのである。
『定本織田作之助全集 第八巻』文泉堂出版
1976(昭和51)年4月25日発行
初出:『現代文学』1943(昭和18)年9月
1913年生まれの織田作之助は、当時30歳。
若い頃とはいつ頃を指したのだろうか。
彼は別のエッセイの中で、「わが文学修行はこれからである。健康が許せば、西鶴が小説を書いた歳まで生きられるだろう。まだ十年ある」と書いている。
享年33歳
何を思って亡くなったんだろう。