三度目の緊急事態宣言が開始される前、いつもの本屋じゃない本屋へ行こうとうろうろしていたら、平台の上に並んだ黒い器に吸い寄せられるようにして近づいてしまった。
平日の昼下がり。客のいないその売り場に立っていたおじさんがそれを見逃すはずがない。
すかさず声をかけてくる。
「こんな色滅多に出ないんですよ」
目をとめた皿を指して言う。
「どうぞ持ってみてください」
高そうなので躊躇してるとおじさんが促す。
「器は持ってみなければわかりません」
西のほうの訛りだ。
おじさんは実際に焼いている人らしい。
備前焼といって、釉をかけずに焼くのだそうだ。
16日間かけて焼く。
同じ土で成形しても、どんな焼き色に仕上がるかはわからないというから、全部一点物だ。
畳1畳半ぐらいのスペースに並ぶぐらいか。
その中で、ご飯茶碗に惹かれてしまった。
物は増やさないようにしているのですぐに買うことはしない。
が、じゃあ、またと言って、おじさんを後にした書店でも、器のことが気になってしようがない。
(結局、買おうと思っていた本を買い忘れた)
器は出会い物で、一度逃すと二度と会えなくなることがある。
やっぱり買っておこうと、再び店に向かった。
備前焼は20年、30年と使い続けているうちに艶が増し、手触りもよくなるのだとか。
器好きの母がよく「器で料理の味が変わる」と言っていたが、これまで正直、違いが分からなかった。
うちに連れて帰ってきたご飯茶椀は麗しい。
今までご飯茶碗というものを持っていなかった。
なぜか。
うちでご飯を食べないからだ。コメのメシね。
昨年の緊急事態宣言のとき、居酒屋救済と称してテイクアウトを多用し、弁当パックのごみを増やしたのは私です。
これからはうちでもご飯を食べよう。
備前焼のおじさんはものすごくよくしゃべる人だった。
職人は無口とばかり思っていたが、まるで『ツーハンマン』(2002年テレビ朝日系「金曜ナイトドラマ/主演・中村俊介)のようだ。
珍しいなと思ったら、斜め前で曲げわっぱを売っていた東北訛りのおじさんも、それはそれはよくしゃべっていた。
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