「アイ子は、海が見たいと言ったんです」

つかこうへい「熱海殺人事件」の初演は1973年11月。

高度成長時代に栄えた日本一の温泉場は、衰退の兆しを見せていた。

(4月3日付日経夕刊「文学周辺」編集委員 内田洋一)

 

筆者の市来さんは熱海生まれの熱海育ち。

大学進学で地元を離れるものの、廃れゆく街にさびしさを感じていました。

 

次々と閉鎖していくホテル、保養所。

商店街にふえる空き店舗。

 

熱海には何もない

訪れた人から、1日に3回も「何もない」と言われたと、クレームがあったといいます。

どこかいいところありませんかと、おみやげ屋さんに聞いても、タクシーの運転手に聞いても、旅館の人に聞いても「何もないですね~」

 

観光客を呼ぶことに必死になっていたが、地元の人が街の魅力をわかっていなかった。

 

まずはそこからはじめて、カフェを開き、気軽に泊まれる宿をつくり、少しずつ商店街の意識を変えていきます。

 

カフェは赤字続きで、酒におぼれることもあったという市来さん。

 

それでも、たった一人のあつい思いがいろんな人を巻き込み、熱海の奇跡といわれるV字回復が成し遂げられました。

もちろん、ほかにも街を盛り上げようとした人たちがいたことでしょう。

そんな点と点がつながったのだと思います。

 

人口減少や少子高齢化、熱海は全国平均の50年先をいっているといいます。

熱海で起こったことは、全国どこでも起こるかもしれない。

 

今では、コロナ禍でも若者でにぎわっているという熱海。

「熱海殺人事件」の舞台にはふさわしくないかもしれませんが、地元にとってはいいことに違いありません。

 

お読みいただきありがとうございました。