小日向るり子の徒然ブログ

小日向るり子の徒然ブログ

心理カウンセラー小日向るり子のブログです。
人間心理、人間観察、恋愛心理、日々のことなどをつづります。

2025年8月21日初の書籍が発売となりました。
「何でもまわりのせいにする人たち」(フォレスト出版)1210円
全国書店ほか、ネットで発売中です。

カウンセリングスペース フィールマインド 代表

心理カウンセラー『小日向るり子』 


<経歴>

(社)日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラー

JAA認定 アロマコーディネーター

任意団体「ハートストレングス」 副代表


新卒で入社した出版社に勤務しながら10年目。このまま一生を終わるのかと思ったら

「何か絶対違う!」と思い、かねてから興味があったアロマセラピーを勉強し、

アロマコーディネーター資格を取得。

その翌年、インフルエンザで出勤停止になっていた3日目。何気なく見つけた

「ボランティア電話相談員募集」の記事に吸い寄せられる。課題作文を徹夜で書き上げ応募。

研修期間を経て、一般社団法人の自殺予防電話相談員として4年間活動。

その過程で心理学を学問として学んでみたい欲求が高まり、

社会人16年目を前に会社を退社し産業カウンセラー資格を取得。

その後、行政機関でハラスメント相談員をしていたが、次第に自分の思うカウンセリングを

やりたいとこれまた熱く思うようになり、1年の準備期間を経て2012年に独立。


こんな経歴でカウンセラーになりましたが、このブログでは、肩書を外した、

素の 『自分』 をつづっています・・・


エキサイトお悩み相談室でも相談員をしています。


小日向 るり子


専門家プロファイル

認知症は、認知症になった人が自分がそれであることに気づかない

この状態は多くの方が知っていることだと思うのですが、いろいろな方の話を聞いていると、それよりも問題なのは
「親や配偶者が認知症になったことを認めない家族たち」
ではないかと感じます。

いや気持ちはわかります。
配偶者や親がしっかりしていた人ほど「まさか、うちの親(配偶者)に限って認知症なんかになるわけない」と思ってしまうもの。
しかし、認知症はある日突然認めざるを得ない事態となって当人たちを打ちのめします。
でも実際は少しずつ忍び寄っているんですよね。

私の父親に認知症の傾向が見られたのは父が69歳のときでした。
両親の近くに住んでいて、時折買い物の送り迎えなどこまごまとした用事で実家に出入りしていた姉が
「お父さん、たぶん認知症はじまったよ」
と言ってきたのです。
昔からすっとぼけたことをわざと言ったりする父親だったこと、辛うじてだがまだ60代であること、設計の仕事もお手伝いに行っていたこともあり、
「いやー、違うでしょさすがに」
と私は否定しました。でも今になると否定するという心理の核心にあったのは
「あのしっかり者の父に限って認知症なんてなるわけがない」
という感情だったと思います。

しかし結果として介護職に30年以上携わってきた姉の職業的な勘はやはり当たっていました。


父に初期症状が見られてからわずか2年の間に症状は家族を困惑させるほどに進み、自転車でスーパーに行ったことを忘れて駐輪場に自転車を置いて帰宅してしまったり、朝ごはんを食べたことを忘れて「ご飯はまだか」と聞いたり、行きつけの内科から帰ってこれなくなったり、家の鍵をなくしたりといったことを何度も繰り返すようになりました。自転車の鍵を3回目になくした際にちょうど実家にいて、鍵の交換代金を支払った際には私も思わず怒鳴りそうになったものです。
まだ救いだったのは、排せつに対する粗相がなかったことと、暴力をふるわなかったということです。
でも逆にそれがないために父親の介護度は上がらず、施設に入るという選択肢も私たち家族には浮かびませんでした(実際に亡くなるまで父の介護度は要介護2だった)。

私自身はさすがに2年もたつうちに、父の認知症を認めざるをえなくなっていたのですが、母親は最後までそんな父親を認める(というか受け入れる)ことができず、粗相があるたびに言い聞かせ、怒鳴りつけ、時にはほうきで叩いたりし始めました。
母に「お母さん、お父さんは認知症だから仕方がないよ」
とこちらが言って、その時だけは
「そうだねー」
と言うのですが、私も姉も自分の家に帰り、父と2人だけで過ごす空間と時間がくると理性を保っていられなかったのでしょう。
※母は数年前に腰の手術をしてからほぼ歩けない状態になっており、自分の体の自由がきかないこともさらにストレスを溜める要員になってしまっていたのだと思います。
そしてついに
「もうお父さんがこんな状態になって情けなくて情けなくて、、もうお母さんは死にたいよ、早くばあちゃんにお迎えにきてほしい」
と言い出すようになり、本当にその数年後に突然亡くなってしまいました。
そして父もその3年後に施設の階段から落ちて、数か月後に亡くなりました。78歳でした。

私がそんなこんなで両親をともに亡くしたのが2016年から2020年の春にかけてのこと。父が亡くなる数週間前からコロナ禍で病院に面会制限がかかるようになった、そんな時期です。

たかがあれから5年ですが、その5年の間に日本の高齢化はすごいスピードで進み、さらにネットやSNSの発達により、介護の問題は社会問題としてクローズアップされるようになりました。

でも、今だに感じるのはやはり親や配偶者の認知症を認められない家族の多さ、そして認知症になっていない家族の人たちの
「うちの親は大丈夫」
という謎の自信です。自信というかあれマウントか??
その類の発言やコメントを読むたびに
「ちーがーうーかーらー」
と豊田真由子ばりに叫びたくなります(あれは、ちーがーうーだーろーですが)。

いやマジで覚悟しておいた方がよい。
それは突然くるから、そして壮絶ですから。だから「うちの親は幸いしっかりしていてねー」なんて発言もしない方がいい。介護を経験した人からすると無茶苦茶不快な言葉ですから。
そして権力者や社会的発言力が強い人たちがいう「我慢せずに施設に入っていただきましょう」なんて信じちゃダメですよ。
そもそも受容と供給が追い付いていないんだから。
あとさらに追伸で、年金でまかなえるような施設なんでもうほぼないです。

楽観的にみていった方が良いことと、割と危機感を抱いておいた方が良いこととあると思いますが、認知症を家族に持った経験があるものとして絶対的に言えるのは、認知症は後者であるということです。

うちの親(配偶者)に限って
まずはこのスタンスを捨てることが大切だと思います。
親が70歳を過ぎたら
「認知症よ、用意はできた、いつでもかかってきなさい!!!」
というスタンスを常に持っておくこと。それだけがいつその時がきても自分を保っていられる術だと思います。

 

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フィールマインド

カウンセラー 小日向るり子

 

エキサイトお悩み相談室でも待機しております。よろしくお願いいたします。

 

 

8月に初の書籍を刊行いたしました。

「何でもまわりのせいにする人たち」フォレスト出版