ミンミンミンミン


蝉が鳴く声で目が覚めた。





眠い目をこすりながらトイレに向かうと、冷蔵庫のカレンダーにふと目がいく。今日の日付に〝オカマ〟と乱暴に書かれている。 




「あー.とうとう当日になっちゃった。」




母のクセを受け継いでいつもカレンダーに予定を書き込んでいるが、今日の日は忘れるはずがない。




なぜなら、パパに言われた「男を連れて来い」という課題をこなすために、どの男を誘うか今日の今日まで2週間迷ってきたからだ。




いや、正直に言おう。どの男で迷うではなく、誘える男がいなくて悩んできたという方が正確だ。




気軽に誘える男すらいない。フーッと深いため息をついてトイレの扉を開けた。









会社に着いても仕事どころではなかった。




キーボードを打つフリをして、周りの男を見定める。




なんとか昼までには見つけなければならない。あのおっさんは怪しいけど、自分を変えてくれる可能性があるとなぜか思えた




腹が減ったライオンの気持ちで周りを眺めるとと、不思議と標的が浮かび上がってきた。




この時の私を写真で撮ったら、目が光っていたに違いない。




そして、ほどなく標的は決まった。





さながら、弱ってる草食動物の子供だ。

コイツならいける。







「全然いいですけど、いきなりですね。。」



昼休みの廊下、眼鏡越しの彼の目は少し怯えていた。そう、ライオンに睨まられた子鹿のように。



そりゃそうだろう。10歳以上歳の離れた女子社員に飲みにいこうといきなり誘われたからだ。






新入社員の下田くん。






噂では彼女にフラれたばかりで時間を持て余してるだろうという私の読みは見事に当たった。なにより私は彼の教育係だ。






「どこに飲みにいくんですか?」

「まあ、おもしろいお店だからさ!ついてきたらわかるから」





私の曖昧な説明は、下田くんの不安を煽ったに違いない。




でもね、あなたの不安なんて今の私には関係ない。ついてくりゃいいのよ!




「男を連れて行く」課題をなんとか乗り切った私はその日の仕事を終えた気持ちだった。







カランコロ〜ン



純喫茶の扉のような音を聞きながらお店に足を踏み入れた。



店内はすでにタバコの煙でモヤがかかっている。


「あらーマユミいらっしゃい!」


呼び捨てすんじゃねえよ。。と思った。

オカマバーの常連だと思われたくない私の本心だった。




安っぽいカウンターには、下田くんが注文したカシスオレンジ、私の前にはショットグラスにライムが載った飲み物が並んでいる。




「これなんですか?」

「クエルボのゴールドよ」

「くえるぼってなんですか?」

「あなたの好きなテキーラじゃない?早く空けなさいよー!イッキイッキ!」



嬉しそうなおっさんの顔を見てキレそうになった。テキーラを飲んだ覚えはないが、初めて来た時の記憶がないので自信はない。




「あのー、とにかく私頼んでないです」

「うん、頼んでない。勝手に私がいれたんだもん」


。。


だもん。なんて普段言わないクセに今日は下田くんがいるせいか、いつもよりオンナ度が増している。




そして、下田くんが私を見る顔は、少し引きつってるように見えた。




この先輩はオカマバーでテキーラ一気していつも盛り上がってるんだ。。

と思ったに違いない。



「もう、どうにでもなれ!」勢いで、ライムをかじってテキーラを一気飲みした。


パパはずっと下田くんと喋っていて、私は蚊帳の外だった。



やっぱりこのおっさん男を連れてくるダシに私を使ってるんじゃ、、という不安がよぎった。



テキーラ1杯と時間を埋めるために飲んだハイボール4杯を飲み干した時、わたしたちは解放された。



わたしは下田くんの2杯とおっさんの5杯をおごらされて、家路についた。