前回までのあらすじはこちらをご覧下さい。
(http://ameblo.jp/r-jun/entry-10152872681.html
)
そして手術当日がやってきました。
自分の病室は4階だったのですが、その部屋から
急患を乗せてガラガラと運ぶような台車に寝かされて、
大きなエレベーターに乗って、手術室に入りました。
俺は、手術室に入ると入り口の上にあるランプが
本当に、手術中 → 手術中 になるんだろうか?
などと、どうでも良い様なことを考えてみたりw
しかも手術室の天井には、ドラマで良くみる
電球がたくさんついてる照明もあって、
「おぉー!ドラマと一緒だー!!」と一人感動して、
なぜか、笑いをこらえるのに必死でした。
俺、笑っちゃいけないようなシチュエーションで
つい笑っちゃうタイプなんですー (´Д`。)
で、少し待っていると、
麻酔師の先生が来て、俺の右腕に点滴の針を刺してきました。
そして何やら点滴をセットをし始めました。
この1週間、採血のため毎日注射を打たれていたので、
もう痛さなんか感じません。
点滴のセットを終えると、先生は自己紹介と簡単な説明をしてくれました。
「麻酔師の○○です。これからこの点滴から麻酔を入れます。
もう少しで、眠くな・・・・・」
先生の説明が完全に終わる前に、俺の目の前がテレビの砂嵐のようなものが
目の周りから中心に向かって覆い尽くされ、
そのまま意識はなくなりました。
っていうか、先生・・・
最初に説明してから点滴打てよ! 順番逆じゃまいか?www
そして数時間後・・・
俺はどれくらい眠っていたのだろうか・・・ 手術は無事に終わったらしく、
意識が戻ったのは、ナースに腕をバシバシ叩かれて気が付きました。
「○○さん!!聞こえますかー!!
家族も来てますよー!!」
もうろうの中、かろうじて意識はある感じ。
でも体は麻酔がまだ効いているので、全く動けません。
看護婦さんは、
「まだ、もうろうとしていますね。」
それを聞いた家族は、とりあえず帰ることにしたようで、
看護婦さんに「宜しくお願いします」と挨拶をしていました。
俺は、このままでは帰られてしまう!!
俺が、意識あることを何とか伝えなければ!!
そう思い、全身でどこでも良いから動きそうな場所を探し、
声を出そうとしましたが、はたから見ると
「うっ、うぅぅぅぅ~~~、ううううううう~~~~~!!」
と怪しい人が、単にもがいてるだけの様子だったらしい。(家族の後日談より)
妹は「このまま逝かせてあげてください」と言う気になったらしいです。
まぁ、そんな努力の甲斐もなく、家族は帰ってしまい、
俺はまた深い眠りについたのであった。
さらに、どれくらい眠っただろうか・・・
今度はトイレに行きたくなって目が覚めました。
時間は夜中の1時くらいだったかな。
体は普通に動きました。
ちょうど、夜勤に看護婦さんがいたので、
「すみません、トイレに行きたいのですが・・・」
すると看護婦さんは、
「大丈夫ですよ^^ 管が付いてますから^^」
俺は、何が大丈夫なのか分からなかった。
ちょと考え、自分の体を確認することに・・・
俺の体内のあちこちから管が出ているじゃまいか!!!
っていうか、俺、本当にターミネーターにされたよ(´Д`。)
なんだかんだと色々とありましたが、内視鏡で手術したところは、1週間ほどで抜糸され
10日ほどで、無事に退院することが出来ました。
もう入院はこりごりです。
健康が一番っていうけど、普段健康な人には気が付きません。
頭の中では分かってるつもりでも、所詮「つもり」なのです。
たまたま集中治療室で末期な方々と一緒でしたが、
みんな良い人たちばかりでした。
隣の患者さんは、自営業なのですが、タバコを1日4箱吸っていて、
肺癌になったそうです。
それを聞いたときに、
「あたりまえじゃないか!」って思わず言ってしまいましたが、
笑ってくれました。
「退院したら今度、仕事の手伝いに来いよ」とも言ってくれて、
名刺も渡してくれましたが、
「行ったら、死んでて墓参りになったら最悪じゃないか!」なんて
冗談を言い合えるほど仲良かったです。
入院生活は3週間弱でしたけど、何かをたくさん学んだ気がします。
内視鏡手術とはいえ、俺の左の胸には3箇所の手術の跡が残っていまが、
きっと、その何か大切な事を忘れないために残った勲章だと思っています。
ちょっと言い過ぎかなw
ただ、一つ分かったことは、自分は
「生きている」のではなく「生かされている」と言うこと。
まぁ、これ以上は哲学な話しになりそうなので、
この辺で、入院エピソードは終わりにしたいと思います。
3回に渡って長々と書きましたけど、読んでくれた方ありがとうです。
そして今日も俺は元気です。
今日も生かしてくれて、ありがとう。