初めて入った会社は
主にページ物のデザインの会社です。

デザインといいますか、
「文字を写研風にインデザインやクオークで組む」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E7%A0%94

という作業が主の会社でした。

面接に行き、「いいことを言ってやろう!」感満載の
履歴書を1から10まで全て突っ込まれました。

妥協しません。→本当に全ての行動そうなのか!そんな奴はいない。

などなどです。

また、出ている学校のレベルの低さの話や
最近の若者はどうのこうの、面接というより説教めいたお話で、
ちょっと短気な人なら怒るんじゃないかな?という内容。

「とてもいいお話がきけました」

と最後に言うと、とても喜んでおられました。

そこからまあ正式に「行きたい!」ということは言わなかったものの、
試験を受けに来い!という連絡があり、入社に至りました。

専門学校二年生はほぼそこで働きながら過ごし、
たまにいただくお休みで学校に行って様子をみたり、
行事に参加したりという毎日でした。

バイト名目ではありますが、
初めて当時にしたら大金の給料を頂いたときは
コンビニで値段も気にせず買物しまくったのを覚えています。

その会社では
「社会人とはなんたるか」
を非常に強く教えていただいた気がします。

今の自分があるのも、
その会社で

・昼食は全員で一つのテーブルで食べる。が会話はほぼ無し。
・夕食は社長が料理をつくり、全員で一つのテーブルで食べる。が会話はほぼ無し。
・仕事中はウォークマンで音楽を聴きながら作業に没頭。つまり会話はほぼ無し。
・社長の言うことは~?ぜったーい!
・立ったまま2時間説教。
・どうしていいか解らず泣くまで説教。
・社長が気に入らないことがあったらとにかく説教。
・まあなんだ、とにかく説教。

があったから、
根っこの部分で、
仕事に対する心構えであったり、
所作や態度、電話応対、優先順位など
どこに行っても恥ずかしくない人材に
育てていただいたおかげだと思います。

当時は理不尽に感じたことも、今思い返すと
若かったな。迷惑かけたなと思うことばかりです。
今でもたまに社長から電話がかかってきてお話させていただくことも。

印刷会社に一人で納品にいったり、
売り上げのことであったり、請求のことであったり、
基礎の部分、概念の部分もしっかり教えていただきました。

その会社では日報をかいており、
15分刻みでその時間、何の仕事をしていたかを書きます。
それを最後集計し、トータルでその仕事は何時間で終わったかを管理します。
予算で割ると時給が換算されるという仕組みです。

ですので、仕事中にぼーっとしたり、
だらだらする時間はほぼありませんでした。

プロの仕事として、
時給を上げていく。

プロの仕事なんだから、
これだけの予算でやります。

という意識をしっかり持てるようになった気がします。

つまりこの仕事は何時間でできるから、
時給換算でこのくらいの予算が欲しいという逆算もできますし、
仕事を素早く終わらせることができれば
時給も上がるということです。

仕事内容によって、作業時間にムラがあるとは思いますが、
プロである以上、この概念はわすれずやっていきたいと思います。

仕事をし、お金をもらっている以上、
その仕事のプロであるべきだと思います。

つまり、草野球をやっている人と、
プロ野球選手くらいの差がないといけません。

2年ほど勤めさせていただき、三年目の途中、

次に入社させていただく会社の部長から連絡があり、
「うちにこないか」ということで
やめさせていただきました。

今でも、あんな若造が、単独のわがままで判断した
不躾な行動をOKしてくださった会社の皆さんには
感謝の気持ちでいっぱいですが、
やめる前のイジメは壮絶でした。ええ、そりゃあもう。

う~ん。

まあ細かく書くと、やなこと思い出したりもするので、
「非常に勉強になりました」
「立派な社会人になって笑顔でまた会えますように」
というあたりで話をまとめさせていただきます。

時系列もごちゃごちゃで、
へんな文章になってしまいましたが、
疑問質問お待ちしてます。

でわ。ワーカーズ・ハイ03

私が今の職業に就こうと考えたのは、

高校生の頃です。

漠然と「絵が好き」というだけの理由で。

保育園の頃、みんなのお絵描き帳に戦隊ヒーローを描いてまわる。

小学校の頃、田舎ではありながら、いろんな賞をいただいた。

中学校の頃、美術の時間、みんなの画用紙にスケッチしてまわった。
(この時、ちょっぴり井の中の蛙だったことをおもいしらされる)

高校生の頃、無難に美術の授業をこなすが、通知表の美術だけはずっと10だった。(この時、ちょっぴ(完全に井の中の蛙だったことをおもいしらされる)


さて。進路となったとき、絵=グラフィック=デザイン みたいなところから、

地元のデザインの専門学校一本にしぼり、何度も学校見学会に行き、

先生におぼえてもらったり、通知表の数字を上げるために、簡単な授業を先攻したりもしました。


無事入学。
絵のうまさだけでやってきた自分にとっては、

完全にうちのめされた場所でもありましたが、

なんとかかんとか、うまいこと場の空気にも慣れ、

ある程度の地位?を確立することができたと思います。


いざ就職活動。

当時の自分を今でもほめてあげたいのですが、

・どんなことがあろうとも、それが「社会」というものである。
 決して文句を言わず、ひるまない。

・スキルアップのため、どんな下積みでもがんばる。

・悩んだら困難だと思う道を選ぶ。


以上の3点をベースにおいていました。

就職してから、ずいぶん(とはいえまだまだ青いですが)経ちますが、

よくこんな考え方に至ったなとおもいます。

真性のどMか、選ばれし天才児としかいいようがありません。
(まあどちらでもありません。)

そんなこんなで、先生から薦められた、

きつくて、地味で、若干社長の灰汁の強い

みんなから敬遠されがちの会社に入社が決まりました。

専門学校在学中にアルバイトとして毎日通いました。

学校の行事には、準備期間からほとんど参加できずに、

行事当日も、何をしていいかわからず、

無理をいって休ませてもらった会社にも悪いなあとおもいながら、

ちょぴり切なかった専門学校も無事卒業し、

正式に社員としてその会社に入りました。


とびきりの大事件たる大事件が起きたような起きないような。

そんなこんなで次回は初めてはいった会社での出来事を中心に語っていきます。