昨年いつ頃だったか忘れてしまいましたが とてもインパクト

面白い
没後100年の書家の特集を見ました。

アンコール放送が明日あります。
飄々とした人柄やその書は 良寛さんに通じるところがあると思います。
「上手く書こうという思いを捨てた時に
良い書が生まれる」
という言葉がとても心に残ります。
これは 私の習った師匠も同じような境地の事を言われていましたし
書の評論を読むときにも 共感することなのですが、
いざ 作品を書こうとするときに 作為的な 何か肩肘張ったような
物になってしまうと ホントに嫌な気持ちになります。
強さ・刺激を見せつけたり 華美な装飾や
きつい香水
・・・、


調味料入れすぎ
みたいなアレンジは 嫌気がきます。

この 境地に到るまでには 辛苦を乗り越える人生経験なども
必要なのかも。
米山さんが酔っ払っては 書いたあとの筆を放り投げる・・・
など

苅谷俊介さん演じる 再現ドラマも面白かったです。
地元の人々に愛される 神主で書家の三輪田米山みたいな方が
現代にもいらしたら 会いたいな~

まだまだ修行の必要な私ですが 書に人柄が表れるように
学ぶことは い~っぱいです

(なかなか極致的変人にはなれませんが
)

興味のある方は 是非御覧になって見て下さい。
新日曜美術館HPより
幕末から明治にかけて、四国、伊予の国で、天衣無縫な
書を残した、三輪田米山。
米山の日記には、こう記されている。
「酒を飲まぬと、筆をとる事難し」二升、三升と浴びるほど
酒を飲み、倒れる寸前で書いたとき、
生涯の傑作が生まれたという。
米山は、松山の郊外、久米にある日尾八幡神社の謹厳、
実直な神主だった。
しかし真面目な性格では、良い字は生まれないと、
しこたま酒を飲み、書いた。
上手に書きたいという気持ちを捨てたとき、
良い字が生まれると 米山は思った。
一合、二合という単位ではなく升の単位で酒を飲み、
まさに命がけで書いた。
酔うほどに文字は横広がりになり、
篇(へん)と旁(つくり)の間に大きな透き間が生じる。
この透き間に人の心と、さわやかな風が吹き、
米山の書に引きつけられていく。
米山の足跡を松山に訪ね、昔からの商家や農家に代々、
伝わる米山の書を紹介、
又、90箇所にも及ぶ神社の名を記した石文、さらに
村人たちが守り続け
奇跡的に残った米山の字が書かれた幟(のぼり)も初公開。
ゲストは、絵手紙作家の小池邦夫さん。
松山出身で米山の文字に出会い、衝撃を受け、
暮らしの中で書を生かす
絵手紙を考案、普及させた。
俳優の苅谷俊介さんが米山に扮(ふん)したドラマも
交えながら、
伝説の書家、三輪田米山の実像に迫る。