母は、女学校在学中に縁談が決まり
卒業と同時に、結婚した。
結婚したものの、仕事柄父はほとんど家にはいなかった。
家は、祖父母が守り、仕切っていた。
それまで家事をしたことのなかった母は、新しい家で何をすべきかを戸惑い
やることなすこと、ぎこちなかった。
それに苛立った祖父母は、ことあるごとに叱責し、ある時は罵倒もした。
憔悴した母は、近くにある実家にちょくちょく
帰っていた。
しばらくして、母は母方の祖母に連れられ
戻って来た。
母方の祖母は、祖父母に平謝りし、
家族全員分の手土産を持ってきた。
そんなことが何度か繰り返された。

ある時、母は「私はいなくなるけど、じいちゃん、ばあちゃんの言うことをちゃんと聞くんだよ」と悲しい顔をして語った。
私は「出ていくの?子供は可愛くないの?」と
詰め寄ったが、母はそれを無視して出ていった。
私はその後を追ったが、
母の実家とは反対方向だった。
家から近い海の方向だった。
母は、夜の真っ暗な海をじっと見つめていた。
子供ながら、よからぬことを想像した私は
とっさに母の袖を引っ張っていた。
その時とっさに母は我に返ったのか
私の手を引いて、家に戻った。

それから数年後、あんなに痩せていた母が
コロコロに太っていた。
あんなにオドオドしていたのに、
どこか堂々としていた。

母は、どこかの時点で、
気持ちを切り替えたのかも知れない。

子供ながら、よその家の仲間入りすることの
難しさを痛感した。

そして、たくましくなった母をみて
あの時ほどカッコイイと思ったことはない。