京都の世界遺産を見に行ってきました。
 

 

スペシャルガイドがいたので

世界的にいかに貴重な場所なのかを

しかとレクチャーしていただいたんです。



そこで一番心に残ったものが

このアジサイ。

 

 



アジサイの原種です。

全てが緑色に染まって



色とりどりの色彩は

持ち合わせていません。




普段目にするアジサイって

こんなカンジ↓

IMG_3099.jpg
 

この写真に限らず、

他にも色とりどりの種類があります。

 

カタカナの名前が付いて

ぼんぼりみたいに

可愛らしい花もあります。

 

 

 

でも、

 

 

アジサイは、

日本が原産国なんですって。

 

しかも、あの緑色1色が

原版。

 

 

 

海外の方が

「とっても珍しい!」と、

言ったか言わずか・・・

 

海外へ持ち出され、

品種改良を経て

日本へ逆輸入なのだそう。

 

 

 

アテンドをしてくださった

樹木医の方は

 

 

「もっと日本発祥だ!って言ったほうが良い!」
 

声高らかでした。

 

 

うん!わたしもそう思う。


 

 

<言う。>

っていうと

 

 

 

「私のです。」って自己主張のように

感じてしまうけど、

 

 

そうではなくてね、

 

 

 

<自分のオリジナル>というものに

目を向けなきゃね。

 

 

こんなニュアンスで

私は受け取りをしました。




日本って、

揃っているコトが沢山あって、

それが当たり前の世界に

私たちはいるわけです。
 

 

 

そうすると、当たり前の基準が

ほかの国と比べると、

すっごく高くなる。

 

 

 

蛇口から水がでる。

3食ご飯を、たべる。
家の中に、風呂がある。

 

 

 

とある国では、

シャワー?が外で、

しかも手桶。

 

 


それはもはやシャワーではない。

と言いたいところですが、

 

 

 

「私たちは、ミドル層よ。」

と言われたりもするのです。

 

 

 

 

話を戻して、


もっと

自分たちの<有る>に

意識を向けた方が

いいのでは?って、こと。
 

 

 

樹木医さんの話を聞いて

いろんな思いがバババーって通り過ぎ、

 

言葉の粒で拾い

どう表したらいいのか

正直むつかしかった。


この、ふっ って感じたことを、

 

 

なぜそう思ったのか?を交えて

文に起こすことって、

ホント大変。


 

でも、それも練習だし、

 

これが

自分の<有る>を表現することに

つながるんだと思う。

 

 

 

今は細い頼りない回路だけど、

 

 

気づいて、

なぜ?っておもって

文字化することを

 

 

 

繰り返していくと

 

 

だんだんと負荷が減って

それが当たり前の世界になると思う。

 

 

まるで自転車に乗れるような感じ。

 

 

 

伝えることが

有るのかな?って思うけど

 

 

 

必ず有るんだから、

 

 

見つける!ってい意識を向けるから

ふわ~って浮かんでくるのだと

おもいます。


量子力学みたいにね。