たまには私のお話を。

精神科の話だけ読みたい方もいると思うので、タイトルに入れさせていただきます。

よろしくお願いします。

後半は特に私の体験を主観的に感じたまま書いていますので、少し心が疲れている方は読まれないほうがいいかもしれません。




精神科で働いていると

どうして精神科を選んだんですか?

という質問をよくいただきます。



そういうときに返答として出すのはだいたい2つ。


一つは、

精神科では、看護師の対応一つでも患者さんの症状を左右してしまうことがあります。

つまり看護師の対応一つが、患者さんの病状を良くも悪くもすることができるのです。

また、看護師にしか見せない患者さんの一面が、治療に大きく影響することが多くあり、治療の一環を看護師という職業がとても深く握っていると思うことが多いことです。

そういう意味でも、多職種との風通しがよく、それぞれの職種が支え合っていると感じれる科だと思ったからです。



もう一つは、

精神科は、身体科に比べると20代や30代などの働き盛りの若者や

40代50代の家庭を支えている年代の患者さんも多くいます。


そういう患者さんは、特に周囲の多くの人の生活を変えてしまうことが多いです。

自分ではどうしても環境を変えることができない、こどもの生活も大きく変えてしまうことも多いです。

そういう方たちが社会に帰っていける、元の生活に戻っていける、というところに医療の必要性ややりがいを強く感じました。




この2つとは別に

わざわざ言わない理由もあります。


私も学生のときに近しい人が、自殺という手段で命を絶ちました。

それが精神科という存在を意識する大きなきっかけになったと思います。

その時にはすでに看護学生で、それまではただ漠然とがん看護に携わりたいなーなんて思っていました。



自殺という手段は、

本人にも大きな苦痛がそれまでにあったとは思いますが

その後の残された家族に与える衝撃や苦痛も計り知れないものだと、このときに感じました。

いくら月日が経とうとも、罪悪感や自責感はずっと残り続け本当の意味で乗り越えるというのはどうゆう状態なのだろうと、10年以上経った今でも考えています。


このときは、残される家族の衝撃に、衝撃をうけ、そういう思いをする人を減らすことができるのではないかと精神科を選びました。

どちらかというと本人ではなく家族に近い思いだったと思います。


働き始め、思っていた以上の沢山の死にたい気持ちを目の当たりにし、いろんなことを思うと、私の心も重くなる日々もありました。



働いている中で、もう一つ芽生えた気持ちもあります。


スムーズに精神科に来れる人は、まだ周囲の環境が整っているのではないか、と。


自殺企図を起こすほど追い詰められて、初めて精神科に受診される方が沢山いたのです。

ということは、精神科に受診することなく亡くなる方も沢山いるのでしょう。


もっと早く精神科に来て貰うことができていれば、こんなにボロボロになることはなかったのかもしれない、と思う度に、精神科の敷居の高さやパブリックイメージの悪さを感じます。


なので、今は精神医療と同じくらい、精神科につなぐ、という段階の重要さを感じています。


ここまで書くと、なぜ今は看護師を離れているのかと思われるかもしれませんが

単純に、交代勤務による生活リズムの乱れから、体調が悪くなることが増えてきたからです。

精神科から離れたくなったわけではなく、また看護師に戻るときには精神科に戻りたいと思っています。