ふじが天に帰って一年経ちました


​ちゃっかり者の青いセキセイくんは

今は心の中に住んでいます。

鳥が大好きなあみんのブログ

鳥のことなら何でも書いています。

(最近は保護動物のことも書いています。
ふじが結んでくれたご縁で
ちょこっと関わっています)

My hope bird Fuji lives forever.


この一年、何回も何回も、ふじの最期のことを思い返しました。




ふじの死因がなんだったのか?

何故ふじは3年の命だったのか?

もう少し長くは生きられなかったのか?




この一年、こういうことを考え続けていました。

一年の節目に、それを記事にしようと

思っていましたが、

まとまりそうもありません。


しかしまとまらずとも、ふじのために

書けるところまで記事にしたいと思います。

もう過ぎてしまったことで

取り返しのつかないことではあるけれど

ふじのために。



最期を見て下さった、たかつき鳥の病院の先生は

腫れ上がったふじの消化器官をレントゲンで見ながら、その原因を特定できず、

亡骸をCTスキャンされました。


「一緒に見られますか?」

と聞かれて、私と娘は見たいと答え、

診察室の奥まで案内されました。


そこには特に原因となるものは写ってなくて、

先生と3人で、心当たりを色々さぐりましたが

全部当てはまりませんでした。




一年経って…

今思い当たるのは、もともとメガバクテリア持ちだった

ふじは決して身体が丈夫な子ではなかったということ。

特に消化器官は弱かったのだと思われます。




それから亡くなる前の秋に、自家製の粟穂がたくさん出来て、

時間制食べ放題をしたりしていたのですが、


その粟穂は、もちろん無農薬だったけれど、

ガレージに面した庭で採れたもので、

車の排ガスがかかっていたかも知れない

ということ。


微量なものでも、鳥さんにとっては

蓄積されれば命取りになる可能性は皆無ではないはず。



それからこれは私の想像ですが、

夜寝る時に静かな部屋に移動させていたのだけれど、それがふじには寂しかったのではないかと…


ヒーターでサーモスタット30度にして布をかけていたので、

寒くないだろうと思い、部屋そのものの暖房は入れていませんでした。


もしかしたら毎晩、ふじは寒い思いをしていたのではないかな。


そして家庭内で悲しいことがあって、私自身の気持ちが塞いでいた12月。

そのことがふじに影響したのではないかな。



保護施設にボランティアに入ってからは

決して良い環境ではないところで、

セキセイたちが鳴きかわして、群れの意識の中で逞しく生きている姿を見てからは、

やっぱり、ふじには鳥のお友達を迎えてやればよかったと。


それだけで免疫力も上がり、身体も元気になったのではないかなと

そんなことを思っています。


ふじの生命のこと。

鳥たちの生命のこと。


これからも考え続けていこうと思っています。