アダルトチルドレン、境界例、発達障害、HSP、そのうちにおそらく発達性トラウマ障害もこうした生きづらさを表現するためのラベルとして使われていくだろう」と指摘されているとおり、最近では「複雑性PTSD」よりも「発達性トラウマ障害」の方が書籍の刊行数も多く、注目を集めているそうです。(工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.)

生きづらさのラベルとしての「発達性トラウマ障害」という呼び方は「複雑性PTSD」のような重篤感のある名称ではなくちょっとライトな感じですよね。さらに診断基準にある外傷性出来事(トラマティック・イベント)ほど大変なことが起きたわけではないけれども「発達段階でのプチトラウマ(日常的な傷つき体験)があったよねー」「生きづらいのは発達性トラウマなんだよねー」のような受け入れられやすさがあるために生きづらさのラベルとして使われやすいのかもしれません。

発達性トラウマ障害の発達段階

「発達性トラウマ障害」は幼児期から児童期にかけて身体的暴力、面前DV、心理的虐待、養育者の頻繁な変更などの逆境的小児期体験への曝露から始まりさまざまな症状を表現しながら児童期、思春期、青年期と連続性して変遷していきます。児童期(学童期)になると診断基準B「感情的・生理的調節不全」が目立つようになります。これには極端な感情(癇癪やフリージング)身体的機能の調節障害(感覚過敏、変化や注意の切り換えでの混乱)アレキシサイミアやアレキシソミアなどが含まれ「自閉スペクトラム症(ASD)」特性が目立つようになります。さらに診断基準C「注意と行動の調節障害」つまり脅威への警戒、危険行為、適応性のない自己慰撫の試みや自傷行為など「注意欠如多動症(ADHD)」に似た状態を示します。「自閉スペクトラム症(ASD)」と「注意欠如多動症(ADHD)」とが混在したような状態が「発達性トラウマ障害」の特徴と考えらますが診断基準C「注意と行動の調節障害」を満たす人はそれほど多くないのが臨床的な印象です。思春期には診断基準D「自己の調節不全と対人関係の調節不全」のうち「自己嫌悪、無力感、自分は無価値だという感覚」など自己組織化障害の「否定的自己概念」あるいは「気分変調症」に似たアイデンティティ(自己組織化)が確立してくるようです。思春期の同輩またはその他の成人との関係は2つのパターンに分かれるようです。1つはマスターソンの「遠ざかり境界性自己障害」に似た緊密な対人関係における極端で持続的な不信であり、もう1つは「境界性パーソナリティ障害」のような反応性の身体的攻撃または言葉による攻撃が目立つようになるなどASD特性あるいはADHD特性の混在の程度によって表現型は一定しないようです。さらにこの時期には診断基準E「心的外傷後スペクトラム症状」つまり、再体験、回避、過覚醒のうち最低2つ、少なくとも1つの症状を満たすようになります。ASD特性が強い人では「強迫観念(強迫反芻)」をフラッシュバックと呼んでいる患者さんが多いようです。一方ADHD特性が強い場合は、PTSD三徴のうち「過覚醒(脅威への警戒)」が目立つことが多いようです。このように見てくると「発達性トラウマ障害」と診断した人は慢性的なうつ状態、つまり、自己組織化障害の「否定的自己概念」あるいは「気分変調症」に似た症状と対人関係の構築維持の困難を主訴に受診された方が多いのです。

複雑性PTSDの発達段階

「複雑性PTSD」は幼少期のトラウマ的出来事から「発達性トラウマ障害」と同じように連続した表現型の変遷がみられる場合もありますが、思春期や青年期になってから急に症状が発現する場合もあります。トラウマ体験があったからといって必ず「複雑性PTSD」を発症するわけではありません。PTSDの発症率はトラウマ体験受傷者の約10%とされていますから「複雑性PTSD」の発症率も同程度と考えられますが、むしろ3つのPTSD症状と3つの自己組織化障害のすべてを満たすケースはそう多くなく完全に満たさない「閾値下・複雑性PTSD」が多いといわれています。「複雑性PTSD」の児童期には「情緒調節の広範な問題や人間関係を持続させることの持続的な困難」および「感情体験や感情表現の抑制や感情を誘発しうる状況や経験の回避」など「自閉スペクトラム症(ASD)」に似た対人関係と感情調節の問題が現れてきます。それに対して青年期では情動調節障害や対人関係の困難の問題は薬物使用、危険な行動(例えば、危険な性行為、危険な運転、自殺を伴わない自傷行為)攻撃的行動など「パーソナリティ障害」のように見える認知、感情経験、感情表現、および行動の不適応パターンとして現れるようです。実際ICD-11の診断基準では「複雑性PTSD」の患者の多くは「パーソナリティ障害」の診断要件も満たしている可能性があるとされています。また「複雑性PTSD」には併存疾患も多く小児期ではアタッチメントの問題による「分離不安障害」や「睡眠・覚醒障害」が見られ思春期・青年期では「抑うつ障害」「摂食障害」が見られることが多いようです。あるいは「発達性トラウマ障害」と同じように、」「注意欠如多動症(ADHD)」から「反抗挑戦性障害(ODD)」そして物質乱用や依存症を伴う「行為障害(CD)」から「反社会性パーソナリティ障害(ASPD)にいたる「破壊的行動障害マーチ(DBDマーチ)」も見られるとされています。一方幼少期にトラウマ体験があったものの児童期・思春期には軽微な解離症状と抑うつのみで経過し思春期・青年期から成人期にかけて発症したケースでは再体験・過覚醒・回避のPTSD三徴が目立ちます。「複雑性PTSD」の場合は夜間から就寝時に起きる解離性フラッシュバックと過覚醒症状を睡眠障害(入眠困難・中途覚醒・悪夢)として訴えられ、あるいは日中の抑うつ症状や対人過敏(対人恐怖)などが主訴になることが多い印象があります。

トラウマ関連障害と診断するために

「発達性トラウマ障害」も「複雑性PTSD」では一般の人が想像されているようにPTSD症状を主訴に受診されることは少ないのです。


むしろ「発達障害(ASD/ADHD)」特性と「複雑性PTSD」の臨床像が混在し「臨床像は何でもありであり診断カテゴリーをまたぐ」といわれるように症状は人によって様々であるため往々にして誤診されやすいのではないかとの印象をもっています。(杉山. 『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』 誠信書房)

発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの違い』の「」にあげた「出来事基準」がありさまざまな診断で通院中の方はトラウマ関連疾患を鑑別する必要があります。「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連障害は通常の精神疾患と治療方針が大きく違います。


毒親育ちと愛着と複雑性PTSD

ヴァン・デア・コークの論文の「発達性トラウマ障害」の基準とICD-11の「複雑性PTSD」の診断基準を比較してみました。以下の表はクリックすると拡大します。「逆境的小児期体験」に伴う「外傷的育ち」を「アダルトチルドレン」や「毒親育ち」などの言い方で表現されている場合もあります。「逆境的小児期体験」は虐待と家族機能不全によってアセスメントされます厚生労働省は「虐待」を4つに分類しています。

厚生労働省の定義では「無視」「きょうだい間での差別扱い」は心理的虐待に入れられています。しかし国際的理解では「無視」は「ネグレクト」に、そして「きょうだい間での差別扱い」は児童虐待の中には入れられていません。日本では心理的虐待が強調される傾向にあることが指摘されています。このような家庭環境での「外傷的育ち」の乳幼児期は養育者が安心基地(セキュア・ベース)として機能していないことから、さまざまな問題が引き起こされます。養育者からの波長合わせ(アチューンメント)による情動調整がなされないため、児の【愛着(アタッチメント)関連の調節機能不全(対人関係障害)】と、【神経基盤の調節不全(感情調節・自己制御の障害)】が起きてきます。

幼児期のアタッチメント・パターン

幼児期のアタッチメント・パターンには以下の3つのパターンが知られています。

「回避型(Aタイプ)」:感情を抑制し他者との関わりを避ける

「アンビバレント型(Cタイプ)」:拒絶と親密の間を揺れ動く

「安定型(Bタイプ)」:安定的な関係性を維持できる

上記の「回避型(Aタイプ)」と「アンビバレント型(Cタイプ)」を合わせて「安定型(Bタイプ)」と対比する意味で「不安定型」と呼ぶ事があります。「不安定型」は「安定型(Bタイプ)」と同様それなりに機能的なのですが、巷に溢れている本の中では「不安定型」を愛着障害であると誤って記載されているものがほとんどようです。診断基準でいう「愛着障害(アタッチメント障害)」とは愛着対象が欠如し愛着が生じていない状態を指しますから愛着が機能的である「不安定型」とはまったく別物なのです。さらに「安定型」「不安定型」に加えて「無秩序・無方向型(Dタイプ)」が知られています。「無秩序・無方向型(Dタイプ)」は近接と回避という両立しない行動を見せ不自然でぎこちない動きをしたりタイミングのずれた場違いな行動や表情を見せたり突然うつろな表情を浮かべたりするなどが特徴としてみられます「無秩序・無方向型(Dタイプ)」には一部AタイプあるいはCタイプ的な特徴を見せる「D不安定型」と落ち着いているときにはBタイプ的行動が有意になる「D安定型」がほぼ同じ割合で存在するといわれます。(遠藤. アタッチメント理論の現在. 教育心理学年報 第49集; 150-161. 2010)「無秩序・無方向型(Dタイプ)」と「安定型(Bタイプ)」が同時に存在することは、巷に溢れている誤った愛着(アタッチメント)関連の知識しかお持ちではない方にとっては理解が難しいと思います。しかし「無秩序・無方向型(Dタイプ)」行動を引き起こす根底には「行動的フラッシュバック」があると考えると理解しやすいと思います。