『フラッシュバック (flashback) とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害の特徴的な症状のうちの1つである。
フラッシュバックという用語は過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックが起きた場合には、必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。』
このことから、フラッシュバックが通常の記憶をただ思い出す、ということとは全く違う現象であることがわかります。
フラッシュバックによって蘇る記憶は 感情や感覚の記憶 です。トラウマ体験をした 当時のその時そのままの感情や五感•身体の感覚が再び再演される ものです。
例えばあなたが強盗に襲われ、殺されそうになる、という経験をしたとします。その時どんな感情、感覚や身体の反応を覚えるでしょうか。
その場からなんとか逃げ出さないといけない、と、身体が緊急事態モードになるので、交感神経が優位になり、心臓がドキドキし、心拍数が上がります。
命の危険を感じるため、恐怖や不安が襲ってきます。
もし身体を傷つけられたのであれば、痛みも感じます。
誰も助けてくれる人がいなかったのであれば、どうしようもない無力感を感じることさえあるかもしれません。
これがトラウマになり、フラッシュバックを起こすと、その時に感じた恐怖感、不安、そして身体の反応、時には痛みの感覚さえも、 全てそのままの状態で襲ってくるのです。
それで、フラッシュバックを起こすとパニック発作のように心臓がドキドキしたり、呼吸が苦しくなったりします。また、恐怖におびえ、意識を失ったり、泣きわめいてしまったり、強い無力感に襲われたりもします。
実際に傷つけられた身体のどこかの部分に痛みを感じたり、その時の匂いが蘇ったりする場合もあります。
その時の視覚や聴覚の感覚が蘇るため、トラウマの場面に実際にいるような感覚に襲われて、今自分がどこにいるのかわからなくなることもあります。
この全てを一度に感じる場合もあれば、感情だけが蘇るフラッシュバックの場合もあり、人によりフラッシュバックの起こし方はいろいろです。
ただひとつ言えるのは、フラッシュバックとは 強烈な過去の記憶の再演 だということ、それが 自分の意思とは関係なく起きる ものであること、それゆえに 本人はとても苦しくつらい思いをしなければならない 、ということです。⚫︎ フラッシュバックの記憶が薄れていかない理由
わたしたちはつらいことがあるとよく、「時が解決してくれる」という言葉を耳にします。
でも、フラッシュバックの記憶は時が経ってもいっこうに薄れることはありません。
なぜフラッシュバックの記憶はそんなにも強烈なまま保たれてしまうのでしょうか。
これはわたしたちの脳の仕組みを考えるとよくわかります。
通常、わたしたちは記憶というものを、右脳と左脳の両方を上手に用いて処理しています。
右脳は、感覚をとらえる脳であり、左脳はそれを言語化し、論理的に処理することによって冷静な判断を下しています。たとえば友達にサプライズプレゼントをもらったとします。
思いがけないプレゼントに、最初はびっくりして言葉にならず、感動のあまり涙があふれます。最初の反応は右脳がしています。
でも、次第に現実を受け止められるようになり、「いつからサプライズを考えていてくれたの?」と相手に尋ねたり、「本当に嬉しい、ありがとう!」と言葉にしたり、
また、その日の夜一人になった時「今日は本当に嬉しかったなぁ」と、『言語化』することにより脳に刻まれていきます。言語化された記憶はアルバムの中の写真のように、いつでも自分の好きな時に取り出して想起できる記憶になっていきます。
トラウマの記憶は通常の記憶と全く異なっています。
トラウマになるような、ある意味「異常」で「危険」な体験をした時、人はその状況を冷静に言語化している時間がありません。左脳を使って処理している時間はないのです。
たとえば先ほどの強盗に襲われた場合は、考える余裕もなく命を守り、一刻も速くその場から逃げなければなりません。そこで、脳は冷静に考えることよりも、身体全体に「緊急事態宣言」を出すことを選びます。
この「緊急事態宣言」は、いったん危険が去ったなら解除されてもいいように思えますが、ここが脳のすごいところで…脳は一度起きた「緊急事態宣言」をいつまでも覚えていようとする性質があるのです。それは、再び同じことが起きた時に、その記憶を用いて状況によりよく対処できるようにするためです。
「あんな危険な目に今後また遭ってしまったら、今度こそ死んでしまうかもしれない。命を守るためにこの記憶を教訓として身体に刻み込んでおこう」
脳はそうやって、トラウマ記憶を左脳で言語化することなく、 その時そのままの感情や感覚ごと半永久的に右脳に保存する、という道を選びます。
そのように保存されたトラウマ記憶は再び取り出して言語化することがたいへん難しいため、いつまでたっても左脳によって冷静に処理されることがなく、感情も感覚もむき出しの状態で右脳にとどまり続けます。
フラッシュバックによって想起されるトラウマ記憶が強烈で、いつまでたってもなかなか薄れていかないのはそのためです。⚫︎ フラッシュバックと解離の関係
それにしても、フラッシュバックってどうして起きてしまうのでしょうか。
脳が「緊急事態」の時の記憶を、ある日突然にー時には何のきっかけもなく不意にー呼び起こしてしまうのはなぜでしょうか。
これは解離と深い関係があります。
フラッシュバックを起こす方のほとんどは、普段からずっとトラウマ記憶を顕在意識上に持っているわけではありません。普段、トラウマ記憶は潜在意識下に保管されています。潜在意識という自分では自由にアクセスできない場所に記憶が保存されている状態、これがまさしく「解離」です。
こちらの本に解離とフラッシュバックの関係についてわかりやすく書いてありました。
『誰かから「はい、おみやげにどうぞ」と300グラムのお肉をもらったとします。そうしたら家にもって帰って料理して自分の糧にすることができます。では30キロの肉を「どうぞ」といきなり渡されたら、どうしますか?
大量すぎるので、持って帰ったら冷凍するしかありません。
トラウマ記憶を体験として一度に咀嚼するには大きすぎます。そこで、いわば脳の中で冷凍保存されるのです。日常の記憶とは違って、なるべく思い出さないですむようしまいこまれます。解離という、いつもの自分とは壁で隔てられた冷凍庫にしっかり入れて、冷凍するのです。ですからそこには、トラウマを受けたときの五感、感情、認知や思考が、そのときのまま冷凍保存されています。』
フラッシュバックとは、この 解離していた「冷凍庫の記憶」が溶け出す 時に起こります。
普段、トラウマ記憶は冷凍庫に厳重に保管されているため、その記憶に自分からアクセスすることはできません。
PTSDの症状の一つに、「事件前後の記憶の想起の回避・忘却する傾向」という解離のような症状があるのはそのためです。
それでも、その記憶は別の場所にあるというだけで、消えたわけではないため、ふとしたきっかけで出てきてしまうことがあります。その記憶を自分でコントロールしながら少しずつ出す、ということができないため、フラッシュバックのような強烈な仕方で脳裏に蘇ってしまうのです。
このように、PTSDと解離は切っても切れない関係にあり、PTSDのほとんどの人は解離を経験しており、解離をしている人のほとんどにはPTSDのような症状がある、と言えると思います。
⚫︎ フラッシュバックを恐れないで
確かにフラッシュバックはとても恐ろしいものです。トラウマ記憶は先ほど書いたように「脳の冷凍庫」に過去のそのままの感情や感覚ごと冷凍保存されています。
でもその冷凍庫にもやっぱり容量があるんです。
ストレスがかかるたびに処理できない感情をその冷凍庫に押し込んだままにしていると、その冷凍庫もやがていっぱいになり、「これ以上入らないからそろそろこのお肉(記憶)を解凍してよ」と、命令を出すようになります。
そのようにして行き場のなくなったお肉をキッチンのテーブル(顕在意識上)で解凍し料理すること、これがまさしくフラッシュバックなのです。
つまり、フラッシュバックしているということは、その記憶を処理しようと身体が行動しはじめた、ということなのです。
フラッシュバックは、冷凍庫がいっぱいになって脳が強制的に解凍命令を出す時に起こることもありますが、冷凍庫がいっぱいでなくても、調理できるテーブルに余裕ができた時にも起こることがあります。
「最近テーブルに余裕があるよねぇ、まだ冷凍庫にお肉があるんだけど、ちょっとそっちに出してもいいかなぁ?」と、脳が、身体が、判断を下すことがあります。
つまり、前よりも成長し、心の準備ができたあなたが、トラウマ記憶を受け止められる、と身体が判断すると、突然フラッシュバックを起こすようになることがある、ということです。
だから、フラッシュバックが起きるようになったあなたは、前よりも成長して強くなったあなたであるはずです。ストレスに気づけないのではなく、それを感じられるようになったあなたなのです。悲しみや痛みに耐えられるようになったあなたなのです。自分を受け入れる用意のできたあなたなのです。
フラッシュバックが起きて苦しい時は、フラッシュバックそのものは「脳が回復したいと訴えている証拠」であるということを、どうぞ忘れないようにしてくださいね。