2024年3月20日付けの「朝日新聞」の記事です【非正規雇用に満ちた学校現場 消えゆく 未来育む大人の近未来】

臨床心理士東畑開人氏が教育とは未来を信じる心の連鎖、社会の連鎖であることについて紹介しています。学校から未来が消えつつある。

学校が子どもの未来を育てる場所であることは揺るがない。消えつつあるのは未来を育てる人の未来だ。そう思ったのには二つの年度末的な理由がある。一つは東京都の全公立小中高校にいるスクールカウンセラー(SC)の大量雇い止め報道だ。SCは現頼1年契約の非正規公務員ではあったが、それでも業務実績に応じてそれなりに順当に再任用されてきた。SCは元来1年契約の非正規公務員ではあったがそれでも業務実績に応じてそれなりに順当に再任用されてきた。しかし2020年度から導入された会計任用職員という新たな人事制度の結果今年度末に異例の数の雇い止めが生じていてその中には現場からの評価がよかった熟練のSCも多く含まれているという。もう一つは私立学校の教師たちの研修会に呼ばれて若手中堅の教師たちと話したことだ。聞けば少なくない数が1年任期で働いていて「さきのことはわからない、目の前のことを一生懸命やるだけ」と切実に語っていた。休日に研修会に参加するような熱心な教師たちが未来が見えないまま現在だけに視野を限定して働いている。もちろん公立学校でも同じような問題が起きている。問題となっているのは1年後つまり「近未来」だ。SCにせよ、教師にせよ、
未来を育てる大人たちの近未来が失われている。
大前提としてSCや教師がコロコロ代わってしまうのは子どもたちにとって不利益だ。そのうえで信頼を築くのにはさらに多くの時間が必要だ。築かれた大人との関連性が年度ごとにリセットされてしまうのは大きな損失と言わざるを得ない。ただし私がそれ以上に深刻だと思うのは子どもを育てる大人たちの心が不安で覆われてしまうことだ教育にしてもケアにしても人が人に関わる仕事において真に重要なのは関わる人が元気であり安心していることである。当たり前のことではあるが子どもの不安を預かるために大人の心は安定している必要がある。この点で近未来が失われることは致命的だ。子どもに置き換えて考えてほしい

「将来の夢」を真剣に考えられるのはとりあえず今と同じように暮らしているだろうと安心していられるときだ。家庭が混乱して来年誰とどこで暮らしているのかわからないならば現在は不安に満ち眠れなくなる。将来の夢も夜の夢も見られなくなる。同じように年度末で契約が切られるかもしれず来年度が予測不可能になるときSCも教師も最悪の事態を想像せざるを得なくなる。来年はこの学校にいないかもしれないしそもそそも仕事をしていないかもしれない。もしかしたら暮らせなくなっているかもしれない。現実的な未来予測が失われるとその代わりに悪夢的な想像がやってくる。悪い近未来ばかり考えてしまうのだ。すると現在はリスク回避や現実逃避のために充てられ遠い未来を夢見ることができなくなる。職場が抱える問題に対し見て見ぬふりをしやすくなり上司から眉をひそめられないことを優先するかもしれない。学校から近未来が消えるとはそういうことだ近未来は時間の支点なのだ。私たちは1年後のことを心配しないで済むときに現在を安心して過ごせるし遠い未来を展望することができる。足元を気にしないでいいときにのみ人は前を向き遠くを見渡すことができるのだ。非正規雇用もやむを得ない。そういう声が聞こえてくる。だけどやっぱり思うのだ。教育の根本にあるのは遠い未来への信頼である。大人が子どもの未来を信じる。誰かが自分の未来に信頼を寄せてくれた記憶が子どもたちの心に未来への希望を灯すのである。そのためには未来を育てる大人たちの近未来が必要だ。
自分の未来が不安なときに他者の未来を本気で案じることがいかに難しいか。思い出してほしいあなただってそうなはずだ。学校から未来が消えつつある。これを防がないといけない。力をもたらすのは社会だ。そう私たちのはずだ。社会が学校に信頼を寄せ支える。学校で働く大人たちを支え子どもの未来を信じることを可能にする。結局教育とはそのような未来を信じる心の連鎖なのである。年度末を越えて遠くまで続いていくべき社会への連鎖なのだと私は思う。

会計年度任用職員。図書館の非正規雇用をより酷いものにさせる悪しき人事制度が学校教師やスクールカウンセラーの間でも導入されていることを知って驚いた。「先のことわからない目の前のことを一生懸命やるだけ。」信頼を築くのには時間がかかるのにコロコロ指導者が代わってしまうことが子どもたちにとって不利益極まりないことは身をもって知っている。教育の根本にあるのは遠い未来への信頼大人が子どもの未来を信じるには未来を育てる大人の近未来が必要である。教育とは未来を信じる連鎖、心の連鎖。心が安定しないのにあれやれこれやれは成就しないのは至極当然なのである。非正規雇用で近未来を奪う社会に明日はあるのでしょうか。