シャッターゾーン

1980年に カリスマ指導者チトー大統領が没した後、融合国家ユーゴスラビアの各民族主義は外国からの干渉を受けていた。

シャッターゾーン-ユーゴスラビア

国家内に民族・宗教・言語などの分断要因が多い地域を 地政学では「シャッターゾーン」と呼ぶ。外国からの分断工作・干渉に遭いやすい。バルカン半島はまさにその典型。第一次世界大戦の火薬庫であったし今回も民族間の対立を外国勢力から煽られた。*シャッターゾーン - 社会的な分断要因があり政治的に不安定な地域。分断要因とは民族・言語・宗教など。大国から分断を利用した干渉を受けやすい。紛争が頻発。

ハートランド(ロシア)への軍事拠点

ユーゴスラビア=ハートランド(ロシア)への軍事拠点

イングドール氏の説明によると国際金融資本の狙いは「ユーゴスラビアを自立できないほど小さな国に細分化し西欧と中央アジアの交差点にNATOと米国の足場を築きたかった」のである足場とはハートランド(ロシア)への軍事拠点という意味だ。

NATO空爆背景③ - ユーゴ経済モデルの破壊

冷戦崩壊で共産主義の経済システムが有効でないことは証明された。この時点で東側諸国には西側の資本主義経済システムの他にもう一つの選択肢が存在。それが「ユーゴスラビアの経済モデル」1948年 ユーゴスラビアの終身大統領チトーはソ連のスターリンと方針の違いから決別し独自の経済モデルを築いていた。

ユーゴスラビアの中道的経済モデル

ユーゴスラビア型の中道的経済モデルー自主管理型社会主義

共産党による独裁ではなく労働者たちによる一定の自主管理(市場経済)が認められこれがよく機能していた。アメリカとも対決姿勢を取らずマーシャルプランも受け入れたユーゴ。ソ連圏よりも自由かつ発展した中道左派の国として冷戦下では独自の存在感を放っていた。

ユーゴ経済モデルは消したいIMFを通じて東側の市場を一気に自由化つまり買収したい英米金融資本。東側の住民たちにユーゴスラビア型という中道的な経済モデルの存在を気付かせるわけにはいかなかった

IMF介入 → ユーゴ経済が大混乱

ところがチトーの死後を受け継いだユーゴスラビア首相のマルコビッチは欧米の新自由主義経済学者たちが主張するショック療法を受け入れてしまった。IMFからの要求とは「経済構造改革」ユーゴスラビア経済の自由化・民営化が始まった。案の定IMFの無茶な指導によりユーゴスラビア経済は大混乱。

IMF政策で1990年のユーゴ経済は崩壊

  • GDP7.5%低下、1,000社以上の倒産、失業率20%、実質賃金41%低下、

IMFが国営企業の売却、自由化を要求した結果は悲惨。急激なインフレも発生。これ以降もワシントンはユーゴへの経済制裁を主導しさらに経済は深刻化。激しい生存競争が国内で開始。ユーゴ国内の各地域は隣接地域と経済的に争うことになってしまった

米CIA - ユーゴ内政干渉

冷戦崩壊前夜の1988年にはすでにジョージ・ソロスのオープン・ソサイエティ財団NED*が国際金融資本家たちの代理人として、世界的なシャッターゾーン(ユーゴスラビア)に上陸していた。主な活動は反体制派や IMFに好意的な反体制派経済学者、若いジャーナリストたちへの資金提供。名目上はバルカン半島の「民主化」推進。完全に内政干渉だが欧州で報道される時には「民主主義の促進」と翻訳すれば良かった。*NED - 米国民主主義基金。「他国の民主化を支援」する目的で米国議会が出資し創立。かつてはCIAが担っていた極秘工作を、公然と実行するために誕生したNGO。パナマ、ベネズエラ、ウクライナなどでも工作活動を展開。

東欧カラー革命の先駆けジョージ・ソロスのオープン・ソサイエティ財団は 21世紀の東欧カラー革命で大活躍。

大学を建設したり当時はまだ新しかったコピー機を寄付したり若いジャーナリストに資金提供するなどの手口で各国の保守的政権を打倒し「親米」政権の樹立を次々に成功。ここで「親米」とは米国民のことではなく米国系国際企業や米国の軍産複合体と関係が深いことを意味する

かつて共存していた「ユーゴスラビア人」

ユーゴスラビアの人々は外国から民主化を押し付けられるまではそれなりに共存し生きて来ていた。多民族国家でありながらも「ユーゴスラビア人」を自認する人々は 今でも一定以上いるという。

墓場に帰した五輪会場

サラエヴォ五輪スタジアムの墓

1983年開催のサラエヴォ五輪ではチトーの目指した「兄弟愛と統一」の理想を掲げ開催。しかし1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で、かつてのサラエヴォ五輪メインスタジアムは文字通り墓場と化した。

国際社会からの締め出し - 天才ストイコビッチの怒り

日本サッカー界もお世話になったオシム監督率いるユーゴスラビア代表がかつて国際舞台から追放されたことをご存知だろうか。スター軍団ユーゴスラビアはEURO92で優勝候補でありながら国際サッカー連盟FIFAから国際試合を禁止処分「政治とスポーツ」は別じゃなかったのか「NATO Stop Strikes」と抗議するストイコビッチ(名古屋グランパス)

ユーゴスラビア代表チームの友情

国連を牛耳る勢力は政治とスポーツ分離の原則すらなかったことにした。しかし唯一の救いは当時のチームメイトたちが民族の壁を越えて今でも友情が続いていることだ。

旧ユーゴ圏のサッカーは今も健在

W杯2018結晶クロアチアvsフランス

その後ユーゴスラビア代表の中核であったクロアチアは98年W杯において日本代表とも対戦。同大会では優勝国フランスに惜しくも敗れたもののドイツ、オランダを破り第3位。バルカンサッカーの名誉を見事回復。2018年W杯では ついに準優勝を果たし大会MVPには主将ルカ・モドリッチが輝いた。

NATO空爆 - 国際法無視で一般人を虐殺

NATO空爆 - 国際法無視で一般人を虐殺

話をユーゴ内戦に戻す。

外国からユーゴスラビアにもたらされたもの。

  • IMFによる経済混乱、NGOによる民族分断工作、米国務省監視下での選挙実施要求などの内政干渉。

NATO「人道的理由」で市民空爆

ミロシェビッチ大統領という独裁者を ヒトラー扱いすることでワシントンは米国の介入を正当化。クリントン大統領はセルビアによるジェノサイドを回避するという「人道的な理由」でセルビアの一般人を空爆した。矛盾だらけだ。

サラエボで犠牲になった市民の葬儀(CC BY-SA 3.0)

国際法違反であったNATO空爆

国際法、NATO条約、米合衆国憲法の違反。国連安保理決議はなし。法を無視し人道に違反してまでも遠い異国の空から数千トンもの爆弾を投下した理由とは?

オルブライト米国務長官

かつて米国務長官であるマデレーン・オルブライト女史*は湾岸戦争におけるイラクへの経済制裁で、50万人もの子供が死亡したというのに「それだけの価値がある」と言ってのけた。狂気だ。そのオルブライトが国際社会を主導したのがNATOによるユーゴスラビア空爆。オルブライト周辺の人物群には私怨や利権が絡んでいるとの指摘はもっと検証されるべきだろう。※ オルブライトの師匠でありクリントン政権の背後で当時暗躍していたブレジンスキー元大統領補佐官(カーター政権)は「国際石油メジャーの利益を背負っていた」との指摘がある。*オルブライトのジョージタウン大学時代の教え子が河野太郎。

デイトン合意

1995年のデイトン合意で一旦戦闘が終結した時にはカスピ海に眠る巨大な油田の潜在能力が これまで以上に巨大であることにクリントン政権が気付いていた。クリントン政権がデイトン合意をまとめたのは平和のためなのか? それとも石油利権のためなのだろうか?

カスピ海油田「新しいサウジアラビア」

カスピ海油田(AMBO,BTCパイプライン)

カスピ海の石油をパイプラインでバルカン半島を経由して欧州に運ぶ以上、アメリカにとってバルカン半島はアメリカの統治下である必要性は高まる。欧州の自立を牽制しアメリカが欧州の生殺与奪を握るためだ。

付属文書B」≒「ハルノート」?

付属文書B

米国からセルビアに突きつけられた最後通牒には「付属文書B」なるものが付随。NATOによるユーゴスラビア全土の征服を認めさせる内容であった。セルビアが飲めるはずがないとわかっていての通知だ。それを合意拒否したという理由で空爆開始。日本国民としては第二次世界大戦におけるあの悪名高い「ハルノート」を思い起こさせる手口だ。付属文書Bの存在が欧州の国民に知られるようになったのは空爆終了後さすがにドイツでは問題視されたというが亡くなった子供たちは帰って来ない。

米軍基地の建設

1999年セルビアへの大規模空爆終了後、米国防総省ペンタゴンはすかさず世界最大級の米軍基地建設を決定。カスピ海のバクー油田からバルカン半島を経由し欧州へと伸びるパイプライン建設の技術調査は、後のブッシュ政権副大統領ディック・チェイニーが経営するハリバートン社が受注。

戦争の民営化

後年ハリバートン社はイラク復興ビジネスでも大量受注を獲得。戦後の焼け野原=ハリバートン社のマーケット。空爆で破壊した推定400億ドルものインフラ再建設は復興ビジネスの巨大マーケットになった。

抵抗勢力にはNATO軍の空爆

抵抗勢力にはNATO軍の空爆

ユーゴ空爆以後英米支配層の意向に逆らうものたちは、正義に反逆するものとしてNATO・米軍という死神が差し向けられるパターンが繰り返されるようになった。「ペトロダラー・システム、IMFによる世界覇権に歯向かうものには死あるのみ」と言わんばかりだ。イラク 、リビアの犠牲はまさしくその典型。プーチン露大統領がペトロダラー・システムに挑むというのならば次のNATOターゲットになるのはロシア国民とプーチンだろう。

ネオコンは正義なのか?

いずれも米国政界のネオコンが積極的に米国民を戦争に誘った。ブッシュ、クリントン、オバマの三代で1100万人が犠牲になったとの報告もある。無辜の市民を大勢含む1100万人は、本当に「平和のために死んだ」のだろうか?少なくとも次の事実は重たい。

  1. 愛国心ある米国の若者が犠牲
  2. 軍産複合体が大儲け
  3. 英米の影響力が東方へ拡大

    ロシアが射程距離に

    欧州へのエネルギー供給源を力づくで支配しロシアとの東西緩衝地帯だった旧ユーゴスラビアには巨大かつ最新型の米軍基地が誕生。東欧諸国ではジョージ・ソロスたちの暗躍による「カラー革命」が進行し次々と「親米」政権が強引に樹立いよいよハートランドに米軍・NATOの足音が聞こえて来た。

    ユーゴ空爆 = 対ロシアの予行演習?

    今振り返るとブッシュが新世界秩序を宣言した1990年代のユーゴスラビア内戦はウクライナ危機2022における ロシア攻略への布石、いや予行演習だったのではないだろうか。


この記事のまとめ

石油地政学史⑩ 1990年代 ユーゴ空爆 - NATO・IMFの敵は軍事制圧