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もし科学者に共通する特徴を一つ挙げるとしたら好奇心旺盛な事だ。科学者を成功に導くのは新しい知識を得るための飽くなき探求心である。だが時にそれが倫理に触れることもある。別に科学者が邪悪で思慮分別のない怪物だと言っているわけではない。ただ自分の研究分野への情熱が高まるにつれ誰が傷つくのかまでは思いが至らないということがありがちである。現在では各国で実験を行う際の倫理的指針を提示しているがかつてはそうではなかった。ここでは科学の名の下に行われた心理学実験の内容と邪悪さその実験から得られた教訓と踏まえながら5つほど見ていくことにしよう。

5. スタンフォード監獄実験

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実験者:フィリップ・ジンバルドー、スタンフォード大学(アメリカ)

実験内容:普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられことによってその役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験が行われた。スタンフォード大学地下実験室を改造し刑務所が作られ新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人が送り込まれた。実験期間は2週間で21人の内11人を看守役に10人を受刑者役にグループ分けしそれぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。その結果時間が経つに連れ看守役の被験者はより看守らしく受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。邪悪さ: 一日15ドル(1600円程度)で雇われた中流家庭の学生が独房に入れられコイン投げで囚人役となったものは自分達が犯していない罪で逮捕され本当の監獄にいると感じられるように仕向けられた。囚人役は衣服を脱がされシラミ駆除剤を散布された。小さな独房に放り込まれトイレ以外はどこにも行けない。トイレには目隠しをした状態で行かなければならない。すべての囚人の右足には重い鎖が取り付けられた。実際にこんなことをやれば看守は解雇されるだろう。あまりに酷い状況なので数日のうちに普通の真面目でまともな者たちが泣き崩れたり仲間を虐待したりするようになったという。
結果:コイン投げで看守に決まった学生は何の理由もなく職務を超えて囚人役の学生を虐待した。囚人は心理的外傷に苦しみあるものは早めに辞めた。強い権力を与えられた人間(看守)と力を持たない人間(囚人)が狭い空間で常に一緒にいると次第に理性の歯止めが利かなくなり暴走してしまう。結局この実験は6日間で中止された。しかし看守役は「話が違う」と続行を希望したという。

4.MKウルトラ計画 (アメリカ) 

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実験者: CIA科学技術部が主導。
実験内容:MKウルトラ計画はマインドコントロールの可能性を調べるCIAの秘密の洗脳実験のコードネームである。アメリカ、カナダ両国の国民を被験者として、1950年代初頭から少なくとも1960年代末まで行われていたとされている。目的は無自覚の一流暗殺者を作り出す事から指導的立場の人間に影響を与えて重要な会議の方向性を変える事にまで至る。この目的を達成する為、被験者にあらゆる種類の薬を投与し電気的な刺激を与え催眠状態にお陥らせた。ある精神病患者はLSDを174日間投与された。
邪悪さ:本人の合意なく隠ぺいされた状態でLSDがCIA職員や軍人、医師、妊婦、精神病患者らに投与されていた。そうした行為は第二次世界大戦後にアメリカが調印したニュルンベルク綱領に違反している。被験者の「募集」もしばしば非合法の手段が用いられていた。LSDを投与して自白を引き出す理論が確立されたころ敵側の人間に使用する事前予行にギャングのリーダーを売春婦を用いて誘き寄せ飲み物にLSDを混入させる実験までも行われた。
結果:LSDで暗殺人間を作り出すことは不可能だった。また有望な学生に深刻な精神的ストレスを与える事は現代社会の脅威となる。セオドア・カジンスキーはかつてこのような実験の被験者であった。この時受けた心理的拷問体験や隔離入院の経験によりシリアルキラーになった所以であるといわれている

3. ミルグラム実験(アメリカ)

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実験者: スタンリー・ミルグラム イエール大学
実験内容:スタンリー・ミルグラムの実験は心理学科の講義で必ず取り上げられる「権威への服従」実験として知られる。ミルグラム博士は本人が悪事だとわかっていることを実行させる難しさを知りたかったのだ。得られた結果は"あっけないぐらい簡単である。"というものだった。権威を持つ者がOKと言いさえすればほとんどの人々はまったく見知らぬ人間も殺すであろうというのだ。その実験は極めてシンプルだ。ある役者が別室にあるニセの電気椅子に座る。一方こちらの室内ではもう一人の役者がその椅子に座った役者に実験を行う博士を演じ同じ室内にいる被験者にその電気椅子の制御が任される。その"博士"は被験者に別室にいる役者がある一連の単語を思い出さなければ罰として電気ショック与えるよう指示する。その実験が進むにつれ電気ショックの強さとその犠牲者の苦痛の訴えは激しさを増していくこの実験は普通の人が博士の指示を理由に全く面識のない相手にどれほどの苦痛を与えるのかがテーマなのだ。それは十分殺人に足る量だった。初めの被験者のおよそ65%が「犠牲者」がやめてくれと頼んだ後でも電流を流し続けた。相手が逃がしてくれと言いさらに無反応になっても電気ショックを与え続けたのだ。電気椅子に腰掛ける人は心臓に疾患があると被験者に話した場合でも同じことだった。
邪悪度:この実験は善良な人々が悪の手先になる方法を世界中の邪悪な博士たちに方法を教えてしまっただけではない。 電撃ショックを与える役だった真の被験者の中には権威のある人物への不信感を抱くようになってしまったものもいる。実験中に彼らは誰かを殺しているかもしれないことを理解してひどく不安定になり苦しんだり自分の爪を皮膚に食い込ませるなどの行動をとった。教訓:善良な人々でも”単に命令に従うだけ”で悪魔のような所業を行うことができる。第二次大戦がそれを証明している

2. デイヴィッド・ライマーの二度の性転換

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実験者:ジョン・マネー/ジョーンズ・ホプキンズ病院。実験内容:ピーター・デイビッド・ライマーは割礼の失敗によって男性器を失った子どもだった。彼の生殖器はひどい損傷を受け原形をとどめていない状態だった。哀れな7ヶ月の息子のために何ができるか途方にくれた両親は医師ジョン・マネーの所に向かった。マネーは性的な役割や性同一性は後天的なもので生来のものではないと考えていた。デイビッドの治療に取りかかったマネーは彼自身の性の矛盾を証明する長い道のりを進むことになった。マネーはデイビッドの両親に彼は決して男性になれないが普通の女性にはなれると説得した。彼らはデイビッドの残りの男性器をへこませ睾丸を切り落とした。
かくしてデイビッドは男性器も女性器も無く下腹部にある小さな穴から排尿する少女ブレンダになったなんと恐ろしい所業だろう。マネーの理論に反しデイビッドは決して自分が女性だという感覚をまるで持たなかった。彼は自らの命を絶つほどに落ち込み
14歳を目前に自分の状態の真相に気づいた。ブレンダはそこで元の男性デイビッドになることを決断し男性としての人生を歩んだものの38歳という若さで自殺してしまった。邪悪度:そんなにたいした話ではないと思う人のためにこの話をしよう。幼いデイビッドは13歳になる前に胸を大きくするホルモン剤を投与されていた。彼は幼少時にマネー医師から実験と称して義理の兄弟と擬似的なセクハラを強いられた。彼らは内科医の指揮の下でお互いの大事な部分を探り合ったのだ。(なお本文では義理の兄弟とあるがじつは一卵性双生児の弟の事を指すものと思われる。弟はディヴィッドに先立つ二年前に自殺したという。)教訓:多くの人は男性か女性いずれかの性で生まれてくるが心と体の性が一致しない場合もある。無理やりに性別を押し付けても本人が望む性で生きられるようにしてあげなければ不幸な結果となるだけだ。

1. ザ・サードウェーブ

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実験者:
ロン・ジョーンズ /米カリフォルニア州サクラメントカバリー高校歴史教師実験内容:アメリカ人をファシストに洗脳することが可能かどうか?ロンはそれを実験した。彼は学生達を熱心なナチ党員にしてしまったのだ。きっかけはジョーンズが学生たちに "一般のドイツ人はドイツのナチ党がユダヤ人にした行為を知らないかもしれない" と話したことだった。彼が受け持つクラスの学生はその言葉を信じなかった
ならば実際にそれを学生たちに示してみようと考えた彼は歴史の授業の中である社会運動を開始した。
彼はその運動をザ・サードウェーブ(第三の波)と呼び民主主義排除を目標に掲げた。そんなことがアメリカの高校で起きるとはまったく信じがたいことだ。
私たちは民主主義がファシズムを打ち負かしたと思いがちだ。自由や個性ファシズムへの嫌悪は我々の核になる価値観の一つだ。だがこの新しい運動を知った子供たちは皆軽い気持ちでそれに乗ってしまったのだ。ジョーンズの実験はたった1日で彼の手には負えなくなってしまった。彼は初日に権威の象徴としてふるまい自分のクラスを引き締めた。2日目にはジョーンズが特に何もしなくても彼らはその状態を保った。3日目には生徒がさらに別の生徒を勧誘し出した。その傾向はさらにエスカレートしついに彼らは規則に従わない生徒を密告するようになった。廊下や学校の外で他の生徒に敬礼するといったルールを違反した者などがその対象になったのだ。そして最終日生徒たちは芝居じ劇的な演出を使った発表によりその真実を知る。サード・ウェーブは国民運動などではなく一介の歴史教師が仕組んだファシスズムの真似事だったと。邪悪度:これはかなりの悪行だ。この歴史教師は人に左右されやすい従順な子供たちがいとも簡単に民主的な思想を放棄する詐欺にかかってしまうことを示しただけでなく子供たちに自前のヒットラー青年隊を組織する実践的な入門書を与えてしまったのだ。だがよく考えてほしい。あらゆる悪と言われてるもののナチス党員もかつては無邪気な赤ん坊だったのだ。教訓:何か重要なことに関わりたいと熱望する無欲な子供たちの集団がテロリストの組織に転じるのはたやすいことなのだ。