臓器の移植手術を受けたら患者の性格が大きく変わった。こんな話を信じるだろうか?だが実際にそれは起きているようだ。心臓を移植されてクラシック音楽に夢中になった元クラシック嫌いの患者17歳の少年の心臓を移植されてからヘッドホンで大音量の音楽を聴くようになった中年男性など臓器移植で性格が変わったというケースは数多く報告されている最近の研究によるなら心臓移植を受けた患者の性格が変わるのはわりと普通にあるのだという。しかも心臓だけでなくどんな臓器の移植でも起こりうるようだ。

この不思議な現象はなぜ起きるのか?英国ランカスター大学の臨床解剖学者アダム・テイラー氏が説明してくれた。


臓器移植後に性格が変化する理由

 臓器を移植されて性格が変わるという話が本当なのだとして原因としては何が考えられるだろうか? それは少なくとも魂が乗り移るといったスピリチュアル的なことではない。テイラー氏によれば心理的な要因と生物学的な要因の2つが考えられるという。心理的な要因としては例えば急死に一生を得たことで人生観が変わりその人の性格を明るくなることもある。反対に罪悪感などのせいで心が暗くなることもあるだろう。さらにこうした性格の変化は生物学的な影響を受けている可能性もあるようだ。移植された臓器はそれぞれの居場所でそれぞれの役割を果たす。だがそれだけでなくホルモンやシグナル分子を放出することで体内の他の場所にも影響を与えている。例えば移植による性格の変化がよく見られるという心臓なら「心房性ナトリウム利尿ペプチド」や「脳性ナトリウム利尿ペプチド」などのペプチドホルモンを放出し腎臓に作用して体液のバランス調整を助けている。



また心臓には「闘争・逃走反応」を司る脳の「視床下部」を抑える役割もある。そして視床下部は生体システムの恒常性から気分まであらゆることに関与している重要な部分である。つまり移植された臓器はそこから放出する物質によって移植を受けた患者の気分や性格を変えられると考えられるのだ。実際心臓移植をするとナトリウム利尿ペプチドの値が高くなったまま二度と下がらないことがある。テイラー氏によればそれは手術による傷への反応が関係しているが一方でそれがすべてではないだろうという

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記憶は脳以外の体の中にも保存されている可能性

 性格に関係するものとしてそれまでの体験や知識のデータ、すなわち記憶があるだろう。記憶は脳に保存される。だがそもそも記憶とは神経細胞と神経細胞がお互いにインパルスを伝え合い特殊な化学物質(神経伝達物質)が交換されるという神経化学的なプロセスだ。こうした神経の働きが脳以外の場所に保存されることはないのだろうか?例えば移植手術のためにドナー(臓器を与える側)から摘出された臓器にはその機能を司る神経がまだ残っており手術から1年後には部分的に回復しているという証拠がある。ならば臓器移植によってそうした神経化学的な働きがレシピエント(臓器をもらう側)の神経系に取り込まれそれがその人の性格に影響することもあるかもしれない。実際ドナーの細胞は移植先の体を巡っており手術から2年がすぎたレシピエントの体からドナーのDNAが発見されたこともあるという。こうした細胞やDNAはレシピエントの免疫系を刺激する。免疫による長期的な軽い炎症は外向性や良心性といった性格を変えることが知られている。これが臓器移植による性格の変化の原因の1つとも考えられるかもしれない。

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性格が変わる原因や仕組みを解明するには更なる研究が必要

 臓器移植によって性格が変わる原因や仕組みはまだはっきりしたことはわからない。だが手術の内容やその影響をきちんと理解することは患者にとってとても大切なことだ。だからこの不思議な現象をもっと研究する必要があるのだそうだ。この研究は『Transplantology』誌(2024年1月11日付)に掲載された。