『Current Biology』(2024年4月17日付)に掲載された新しい研究では、そんな彼らの小さな脳みそに備わったバツグンの記憶力の秘密に迫り、物の位置を思い出す力(空間記憶)に関連する遺伝子を100近く特定したという。
脅威の記憶力を持つ鳥、マシジミコガラ
「マミジロコガラ(Mountain Chickadee)」は、北アメリカ西部に生息するスズメ目シジュウカラ科の仲間だ。マミジロ(眉白)というその名の通り、目の上(眉斑)が白く、白い眉毛のように見えるのが特徴だ。雑食性で、イモムシや昆虫のほか、針葉樹などのタネも食べる。面白いのは、マミジロコガラにはそうした食べ物を隠して保管する習性があるところだ。
木の皮、枯葉の下、松ぼっくりの中など、山のあちこちに食べ物を隠す。そして冬が来ると隠し場所を訪れて保存食を食べるのである。
カナダ、ユーコン準州やロッキー山脈など、雪深く冬が厳しい地域でも生きていけるのは、どこに隠したのかをすべて覚えているバツグンの記憶力のおかげだ。
だがマミジロコガラの体はほんの12cm程度で、脳みそなど豆よりほんの少し大きい程度にすぎない。
そんな頭で彼らはどうやって、無数にある隠し場所を覚えていられるのだろうか?photo by iStock
マミジロコガラに記憶テスト
カリフォルニア大学ボルダー校とネバダ大学リノ校の研究チームは、そんなマミジロコガラの記憶力の源を探るために、カリフォルニア州シエラネバダ山脈でとある巧妙なテストを実施した。 まず8個で1組の餌箱セットを設置し、そこに彼らが大好物なタネを入れておく。各餌箱の入り口にはマミジロコガラに取り付けた発信機を検知するリーダーがついており、やってきた鳥が誰なのか区別する。
じつは餌箱の入り口はどの鳥でも開くわけではなく、特定の鳥がやってきたときだけ開くように設定されていた。
だからマミジロコガラたちは、自分に割り当てられた入り口をきちんと覚えなければ、大好物にありつくことができない。
そのためには間違えながらも、繰り返し餌箱を訪れ、入り口が開く餌箱を探らねばならない。
研究チームは、発信機を取り付けた162羽のマミジロコガラを観察して、彼らが自分の割り当てを正しく把握するまで、間違えた餌箱にとまった回数をカウントした。
理屈の上では、この試行錯誤が少なかった個体ほど、空間記憶力が高いということになる。
その上でさらに、マミジロコガラから血液を採取し、それぞれの遺伝子を解析。この解析結果と記憶力テストの結果を比べて、マミジロコガラの記憶力の良さに関係する遺伝子を調べた。
記憶に関連する遺伝子を多く持っていることが判明
そして明らかになったのが、97の遺伝子だ。その多くは脳内で学習と記憶を司る「海馬」に関連するもので、これらの遺伝子に変異を持つ個体ほど、自分に指定された餌箱を覚えるまでに間違える回数が少なかった。 こうした結果は、マミジロコガラの記憶力がどのように進化してきたかを追跡する手がかりになる。
たとえば、マミジロコガラの共通祖先もまた餌を隠す習性があったと考えられている。ところが、今日見られる7種のコガラのうち、2種にそのような習性はない。
その2種は、一年中エサが豊富な暖かい地域で暮らしており、そのために保存の習性が消えていったようだ。
そして今回空間記憶の基礎となる遺伝子領域が判明したおかげで、保存の習性が消える過程で彼らの遺伝子がどのように変化したのか確かめることができる。
鳥の記憶力を試すために設置された特別製の餌箱/Credi: Yvaine Ye
良すぎる記憶力は諸刃の剣でもあった
意外にも、こうした記憶力はあまりにも良すぎると、状況によっては生存に不利に働く可能性もあるという。
今回の研究では、最初のテストを数日間行った後、餌箱の割り当てを変えてみた。すると記憶力が良かった個体ほど、新しい割り当てを覚えるのに苦労したのだ。 どうやら最初の記憶を忘れて、新たな割り当てを覚えることが苦手であるようだ。
これについてコロラド大学ボルダー校のサラ・パドゥーラ氏は、プレスリリースで次のように説明する。
より変化に富んだ環境では、長期記憶に優れたマミジロコガラは不利になる可能性があります。例えば、想定外の吹雪に見舞われたとしましょう。そのとき鳥たちは、雪に埋もれて届かなくなった保存食を忘れられず、いつまでもそこを訪れ続けるかもしれません(サラ・パドゥーラ氏)
こうした特徴は、現代のように急速に気候が変化する時代において、鳥の生存にどう影響するだろうか?
それは研究チームにとっても関心事で、コロラド大学ボルダー校のゲオルギー・セメノフ氏はこう話す。
私たちは、マミジロコガラの空間記憶が温暖化の圧力によってどう進化するか追跡したいと思っています。朗報なのは、マミジロコガラの集団には適応できる遺伝的変異があることです。そのような変異を持たない種は、適応できないかもしれません(ゲオルギー・セメノフ氏)
その一環としてロッキー山脈でも同じような研究が行われる予定だ。