米国で中絶する人の4分の3は貧困層や低所得者層で、既にギリギリの生活を送っている。中絶希望者の多くには、すでに1人以上の子どもがいて、これ以上、子どもを育てる余裕がないのが実情なのだ。ポートランド州立大学の経済学名誉教授マリー・キングが、中絶の選択と子育てにかかる経済事情について『ストリートルーツ』紙(米オレゴン州・ポートランド)に語った。


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中絶できなければ一家が路頭に迷ってしまう

性欲は種を存続させるための生来の本能である。だが、避妊は100%確実ではない。中絶手術を受けられるかどうかが、その後の経済的安定を大きく左右する。連邦政府や州政府が中絶を制限していることで、米国の女性たち(15-44歳)はすでに年間あたり1,050億ドルの賃金損失を被っている。 

中絶が禁止されれば、より多くの子どもたちとその家族が貧困に陥ることになる。米国における子どもの貧困率は、諸外国よりもはるかに高い。経済協力開発機構(OECD)によると、ここ数年来一貫して、米国の子どもの5人に1人以上が貧困状態にあるとされている。これは、米国とよく似た経済システムと社会問題を抱える英国の約2倍にあたり、家族支援がより充実したフィンランドに比べると6倍近い数字だ。

貧困状態の中で幼少期を過ごした代償は、その後の人生に重くのしかかる。将来の教育水準や賃金は低くなり、メンタルヘルスの問題を抱える割合も高まる。失業、若年出産、薬物依存に服役。暴力の加害者や被害者になる率も高い。子ども時代にどんな「逆境的な体験」をしたかが、その人が将来的に抱える健康問題にも影響する。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、子ども時代の「逆境的な体験」を10分の1に減らすことで、年間560億ドルの節約になるという。 

米国の中絶希望者は働いても必要な教育費が賄えない

米国で子どもを育てるには、多額の費用がかかる。中絶手術が受けられなければ、子どもを持つ余裕のない家庭の経済状況は悪化の一途をたどりかねない。2015年時点で、米国の標準的な家庭は、子ども一人につき年間1万ドル以上を費やしていた(住居費、食費、その他の必需品などの合計)。子どもが生まれてから17歳になるまでに、およそ25万ドル(3460万円)近くかかる計算となり、インフレ率(年平均2.2%)を見込むとおよそ30万ドル(4100万円)だ*1。これだけの支出ができなければ、子どもたちは路頭に迷うというのだ。

*1 中間所得層(年収約820-1480万円)の夫婦で算出。うち、住居費が29%、食費が18%、ケア/教育が16%を占める。参照:The Cost of Raising a Child(米農務省) 


中絶希望者の多くは、働いても育児に必要なだけのお金を稼ぐことができず、かといって働かなければ子育て費用を大きく上回る額の将来賃金を失うという、どちらに転んでも厳しい状況に立たされている。たった1年働かないだけで、賃金の損失のみならず、長期的な昇給率の低下、退職後の年金などを合わせて、その年に得られたはずの給与の実に3~4倍の損失を将来的に被ることになるのだ。 

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次の世代は社会全体を支えるにもかかわらず、子育て負担は母親にのしかかる

かつて、子どもは労働力とみなされ、家計を支える存在だった。小さい頃から農作業や家業を手伝い、高齢の親の面倒を見ることが期待された。そして現代は、家庭の労働力としてよりも、将来まともに稼げるよう教育を受けることが重要視されている。

社会保障費は、若者世代が支払う税金で賄われている。ゆえに親は、高齢者を支える労働力を育てているのだ。だが、一人が受け取る年金の額は、その人が生涯にどれだけ稼いだかで決まる。子育てにどれだけの時間や資源を費やしたかは加味されない。

つまり、次世代の労働力がもたらす経済的恩恵は広く共有されるのに対し、子育てにかかる時間的・金銭的なコストはもっぱら子どもの家族にかかってきて、負担はとりわけ母親に集中する。経済学者のナンシー・フォブレは、子どもにお金がかかるようになったことで、男性はこれまで以上に子育てを女性任せにするようになっていると指摘する。今や、米国で子育てする母親の4分の1は、配偶者や同棲パートナーのいないシングルマザー。対してシングルファーザーは父親の14人に1人に過ぎない参照*2。

幼稚園から高校までの公教育の提供を別にすれば、米国の家族支援は全くもって十分ではなく、他の国々と比べてもはるかに少ない。家族手当に充てられる政府支出は、GDPベースで米経済全体の0.7パーセントにも満たない。かたや、英国や他の欧州諸国における家族手当の支出額は米国の5倍だ。さらに、国民健康保険の提供があり、公営住宅の数も米国を大きく上回る。 

この豊かな国で、脆弱な家族政策のせいで貧困状態にある子どもが大勢いることを、米国のリーダー達は恥じるべきだ。中絶と避妊は「女性の道徳的財産 」と認めているフランスのように、子どもを産むか産まないかは、自分の状況を一番よく分かっている当事者が判断できるようにすべきである。 

By Mary C. King
Courtesy of Street Roots / International Network of Street Papers