令和3年(2021年)3月厚生労働省が発表した『令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書』によると、過去3年でパワハラに該当する事例があったと回答する企業が70%という結果が出ています。また一般的には夫婦間で使われることの多かったモラハラが近年では職場内でも目立つようになりパワハラ同様、モラハラについても大きな問題となりつつあるのが現状です。職場内でパワハラやモラハラが横行するようになれば社員の離職率が高まり、生産性も落ちてしまうため経営者としては迅速な対策が欠かせません。本記事では、パワハラとモラハラの定義を確認したうえで、解決に導くための対策をわかりやすく解説します。出典:厚生労働省「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000783140.pdf

パワハラとモラハラの違いとは?

パワハラやモラハラを行うものはそれがパワハラやモラハラだと意識せずに行っているケースも少なくありません。そのため対策をするには明確な定義の把握が必須です。職場におけるパワハラの定義、モラハラの定義を解説します。

職場におけるパワハラの定義

職場におけるパワハラとは何を指すものなのでしょう。厚生労働省では、次の3つの要素をすべて満たしているものを職場でのパワハラと定義しています。・優越的な関係を背景とした言動・業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
・労働者の就業環境が害されるもの以下では、それぞれの内容について解説します。・優越的な関係を背景とした言動優越的な関係とは、上司、先輩に対して部下や後輩が抵抗や拒絶しにくいといった関係性を背景にした言動を指すものです。

・業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、業務とは関係のないことに対する言動や、業務の目的を大きく逸脱している言動などが業務上必要かつ相当な範囲を超えたものと判断されます。仮に労働者側に非があった場合でも、人格を否定するような言動や屈辱的な行為を求めるような言動を行えば、業務の範囲を超えていると判断されてしまうでしょう。・労働者の就業環境が害されるもの上述したような言動によって労働者側が身体もしくは精神的に苦痛を感じ就業さえも困難になるほどに支障が生じてしまうような状況を指します。

職場におけるモラハラの定義

パワハラは叱責や暴力などによる威圧的な言動や行為を指すものですがモラハラは精神的に苦痛を与えるいじめや嫌がらせに近い言動や行為です。そのため上司や先輩といった地位を利用したものに加え男女関係なく同僚や部下から受けるケースも少なくありません。またパワハラのように大声で叱責したり暴力を振るったりなどがないため周囲に気づかれにくいのがモラハラの特徴です。加害者もモラハラをしている意識がない場合が多く被害者は長期間に渡ってモラハラを繰り返されることで身体的よりも精神的に強いダメージを受けてしまいます。

パワハラになる主な言動とは

定義を見るだけでは実際に自分がパワハラをしているもしくは受けているかどうかがわからないことも少なくありません。ここでは具体的な例を挙げパワハラと判断される可能性の高い言動を解説します。無視したり仲間外れしたりする質問をされても答えない、挨拶を返さない、社内や社外のイベントに声をかけないなど特定の社員を無視したり、仲間外れにしたりすることもパワハラに値します。ポイントは、加害者が一人で被害者に行うのではなく、周囲にも地位や職権を使って自身と同じ行為をするよう命令する点です。

ただしお酒が飲めないことを知っていて飲みの席に声をかけない被害者の声が小さく聞こえなかったなど状況によっては無視や仲間外れと判断しづらい場合もあります。

達成できない要求をする

一人では到底時間内にできない量の仕事を与える、やり方を教えないまま未経験の仕事を一人でやらせようとするなど達成が困難な仕事の要求をする行為です。ただしこれも程度問題で残業1〜2時間程度の少し無理をすればできてしまう量であれば人材教育の一環として捉えられることもありパワハラとは判断されないケースもあります。

また未経験の仕事であっても挑戦する機会を与えているだけであり仮にうまくいかなかったとしても叱責や暴力がなければ、パワハラにならないケースもあります。

簡単すぎる仕事しか与えない

達成できない要求に対して、簡単すぎる仕事しか与えないこともパワハラになる可能性があります。入社10年以上の中堅社員に対し入社1年目の社員と同じ仕事しか与えないパソコンやシステムを使えば1時間もかからずにできてしまう仕事を手作業でやらせるなどが挙げられます。要するに本来であればやる必要のない仕事を押し付けるなどの行為です。しかし上司が依頼する人を間違えていた、パソコンを使えばすぐできると知らなかったなどの理由があればパワハラにならないケースもあります。企業側もパワハラを訴える社員がいた段階ですぐにパワハラだと判断せずしっかりと確認することが重要です。

会社の業務に関係ないことに干渉する

会社の業務とは関係のない社員のプライベート領域に踏み込んだ言動もパワハラになります。急ぎでもないに関わらず、勤務時間以外に電話やメールで呼び出そうとしたり暴言を吐いたりするのもパワハラと判断される可能性が高いです。プライベート領域に踏み込んだ言動でパワハラと判断されるケースとしては家族に関する否定的な発言や本人のプライベートと仕事を無理やり結び付け叱責するような言動などが挙げられます。通常の会話で休日の過ごし方や趣味の話題をする程度であればパワハラとは判断されないケースも多いです。

身体的に攻撃する

殴る、蹴る、わざとぶつかるなどの身体的な攻撃はパワハラのなかでもっともわかりやすい行為です。
その他、定規やファイルなどで叩く、資料を投げつける、タバコの火を近づけるなども該当します。
また直接身体に触れなくても職場内で座らせずに仕事をさせる、空調を切った場所で待機させるなども身体的攻撃に含まれる可能性があります。これらの行為はパワハラと判断されるのはもちろん、暴力によって相手がケガをすれば法律的にも問題が生じます。傷害罪が適用されると刑事罰につながってしまう恐れもあるからです。

職場におけるモラハラの特徴とは?

職場におけるモラハラの主な特徴「身体的ではなく精神的な苦痛を与える」「パワハラやセクハラなどに比べ表出しにくい」などです。それぞれについて具体的に解説します。

無視するなど精神的に追い込む

特定の社員を無視して精神的に追い込む行為は代表的なモラハラ行為です。パワハラにも無視をする、仲間外れにする行為があり区別が難しいところですが、モラハラの場合はより精神的なダメージを与えるような行為が強く出るのが特徴といえます。たとえば不機嫌な態度で舌打ちをする、顔を見るたびにため息をつく、軽蔑した視線で見つめる、一人だけ仕事を与えないなど特定の社員を精神的に追い込んでいく行為は注意が必要です。

他のハラスメントに比べてわからないことがある

モラハラは暴力を伴わない行為のため、特に加害者側は自分が相手に対しモラハラを行っているとは気づかないケースも少なくありません。また上司や先輩といった地位、職権、男性、女性に関係なく行われる行為でもあり同僚や後輩からモラハラを受けていても上司に気づかれず表出しにくいのも大きな特徴です。さらに被害者がモラハラを受けてしまうのは自分に非があるからだと思い込み、周囲に相談しにくい点もモラハラが表出しにくい要因となっています。加害者は自分がモラハラをしていると気づかない被害者は自分に非があっても言い出せないため表面化せずに長期化してしまうのがモラハラの特徴です。

企業にできるパワハラ・モラハラ対策とは

パワハラ・モラハラが当たり前のように行われる職場では社員が集中して働くことはできず業務効率も生産性も落ちてしまいます。
また職場内の雰囲気も悪くなり優秀な社員が退職する羽目になる可能性もあります。そこでパワハラ・モラハラを防ぐために企業がやるべき対策を解説します。

厚生労働省の指針を周知する

パワハラやモラハラは自分では気づかずに行っているケースも少なくありません。そのためまずはどのような行為がパワハラ・モラハラであるかを社員全員が把握する必要があります。厚生労働省では、職場におけるハラスメントに関する指針を公開しています。ハラスメントの具体例やマニュアルも公開されているため、全社員に周知することが大切です。



社内状況を把握する

パワハラ・モラハラ対策をするには、まず自社の現状を知らなければなりません。現在、職場内でパワハラやモラハラに悩んでいる社員がいるかどうかを確認します。
対面での聞き取り調査が難しいようであれば管理職に協力を仰ぎ匿名のアンケートなどを実施してください。

就業規則を整備する

実際に職場内でパワハラ・モラハラが発覚した場合、行為者に対する厳正に対処する旨の方針、対処の内容、相談体制を就業規則に明記します。2022年4月より労働施策総合推進法、通称パワハラ防止法が改正されこれまでは対象外であった中小企業にも適用されるようになりました。ただしパワハラ防止法に罰則はないため、対処の内容はたとえば停職、解雇など自社で定めなくてはなりません。どうしても社内での判断が難しい場合は、弁護士や社労士など専門家に相談して決めることが大切です。

相談窓口を設置する

社内にパワハラ・モラハラの相談窓口を設置することも重要です。
相談窓口を設置する理由としては周知の徹底や罰則を決めたとしても被害に遭うリスクがゼロになるとは限らないからです。その際にすぐ相談ができる窓口があれば被害を最小限に食い止められる可能性も高まります。
人事や総務部が相談窓口となるケースが一般的ですが被害者のプライバシーを守るという意味では外部に委託するのも方法の一つです。

パワハラ・モラハラ対策は職場環境の改善が重要

職場でのパワハラ・モラハラは、社員のやる気や集中力を削いでしまう要因の一つです。ただし加害者が気づかないままに行っているケースも多いため、まずはパワハラ・モラハラの定義を全社員で把握する必要があります。また勘違いや話し合い不足が原因で起こるケースも多いためパワハラ・モラハラを未然に防ぐには職場環境の改善によるコミュニケーションの活性化が重要です。モラハラは男性に割合が多いとされ自己愛性人格障害と診断される割合が多く特徴として常識や正論は一切通じない相手です。

⚠️公的機関に相談する⚠️

職場だけではモラハラを解決できない場合、公的機関に相談するという方法もあります。モラハラを相談できる公的機関の窓口は、以下通りです。

● 総合労働相談コーナー
● みんなの人権110番

総合労働相談コーナーは、厚生労働省が各都道府県労働局、全国の労働基準監督署内などの379カ所に設置している窓口です。モラハラをはじめ、さまざまな労働問題について相談できます。無料で相談でき、予約は不要です。法務省が設置した「みんなの人権110番」は、モラハラをはじめとする人権問題について相談できる窓口です。電話をすると、最寄りの法務局・地方法務局につながり、法務局職員または人権擁護委員が対応します。法務局や地方法務局に出向いて面談をするほか、インターネットでも相談可能です。相談内容により調査を行い必要に応じて人権侵害の救済措置が行われる場合もあります。電話番号:0570-003-110(8:30~17:15土日祝休み)モラハラを解決するのに最も効果的な方法は、モラハラの加害者にモラハラ行為をやめるよう求めることです。被害を受けた場合は、上司などと話し合ったうえで効果がない場合は法的な手段を取るという選択肢もあります。加害者から受けた精神的苦痛に対し、慰謝料を請求できる場合もあるでしょう。ここでは、モラハラしてくる相手にはどのようなことが要求できるのか詳しく紹介します。

モラハラ行為をやめるよう求める

モラハラ行為を行う相手に対して、まずモラハラをやめるように求めます。被害者から直接伝えても効果がない場合もあるため、会社側で説得する、話し合いの場を設けるといった方法を取るのがよいでしょう。モラハラの加害者はモラハラをしているという自覚がない場合も多く、素直に聞き入れないこともあります。自身のモラハラ行為を認めない可能性もあるでしょう。社内で解決できない場合、弁護士に依頼するという方法もあります。弁護士から通知書を送ってもらうだけでも高い効果が期待できるでしょう

訴えて慰謝料を請求する

モラハラをやめるように求めてもモラハラ行為が繰り返される場合や、モラハラによる精神的苦痛が大きいケースでは、民事訴訟を提起して損害賠償を請求できます。その際、記録したノートや録音、録画などが証拠になります。訴訟では精神的苦痛に対する慰謝料の他、病院に通院した治療費や通院交通費なども請求可能です。モラハラによって休職などに追い込まれた場合は、働いていれば得られた可能性のある利益を請求できる場合もあります。過剰なモラハラ行為が長期間に及ぶ場合は、刑事告訴も可能です。名誉毀損罪や侮辱罪で告訴することになりますが、その際、被害者の告訴が必要になります。刑事告訴するべきか、民事訴訟を起こすべきかどうかは、弁護士とよく話し合う必要があるでしょう。