発達障害の専門外来をうたい東京や大阪などで展開する精神科クリニックが、日本精神神経学会が認めていない独自の見解を基に「効果が高い」と宣伝し、頭部を磁気で刺激する治療に誘導していることがクリニック関係者や元患者らへの取材で分かった。患者側が治療費のために高額のローンを組むケースもあり、専門医から「不安を利用している」との批判が出ている。

この治療法は「経頭蓋磁気刺激治療(TMS)」と呼ばれる。日本精神神経学会の指針や専門家は、うつ病には一定の効果があるが、発達障害に有効との科学的根拠は乏しく、治療に用いるべきではないとしている。クリニックは発達障害に有効だと宣伝し、カウンセリングや診察で「9割に効果がある根本治療で、効果は持続する」と強調。学会が指針で避けるよう求めている未成年にも勧めている。元患者らによると、初診の脳波検査で「脳に混線がある」「発達障害のグレーゾーン」などと説明。治療費を一括で支払えない場合はローンを組ませるなどし、8~48回の施術(費用は最大で計約85万円)を契約させるケースが多い。クリニックに訪れてすぐにQEEG脳波検査を受け「脳に混線がある。年齢が低ければ低いうちに(TMSを)やった方が、効果が出る」「効果はずっと残る。根本治療だ」などと医師から説明を受けたと告発もあった。

 「発達障害に頭部の磁気刺激治療が効く」と宣伝している精神科クリニックが物議を醸している。「TMS」と呼ばれるこの治療法は比較的新しく、うつ病患者には保険適用されているが、発達障害への効果は日本精神神経学会も認めていない。学会は2020年9月にも注意喚起の文章を発表している。「抗うつ薬による十分な薬物療法によっても、期待された治療効果が得られない成人患者(18歳以上)にのみ、慎重に実施されるべき」「18歳未満の若年者への安全性は確認されておらず、子どもの脳の発達に与える影響等は不明」「発達障害圏の疾患(自閉症、ADHD、アスペルガー障害など)やそれに関連する症状、あるいは不安解消や集中力や記憶力の増進などに対する効果は、海外においても確認されていません」としている。一方でクリニックはホームページやパンフレットなどで、TMSは発達障害に有効だと宣伝し、カウンセリングや診察で「9割に効果がある根本治療で、効果は持続する」と強調する。学会が指針で避けるよう求めている未成年に対しても施術を勧めている。患者や関係者によると、診療の流れはこうだ。カウンセラーによる初回面接があり「QEEG」と呼ばれる脳波検査の後、医師の診察に進む。診察の際には、脳の状態を可視化した図面を示し「脳に混線がある」「発達障害のグレーゾーン」などと説明する。治療費を一括で支払えない場合はローンを組ませるなどし、8~48回の施術(費用は最大で計約85万円)を契約させるケースが多い。クリニック関係者は「精神科の専門医はほぼいない。TMSの十分な研修も受けていない」と指摘する。また、クリニックはホームページで、所属医師を「精神科専属医」「認定指導医」と紹介している。これに対し、日本精神神経学会の専門医は「こうした名称は普通使わない。このクリニックには精神科での実績が乏しく、専門医認定を受けていない人が目立つ」と指摘する。 クリニックは脳波検査のデータから、TMSで刺激すべき詳細部位を特定できると主張しているが、それについて別の精神科医は「脳波検査では刺激部位の特定はできず、発達障害の診断もできない」と否定的だ。
「発達障害ビジネスだ」専門医が批判、学会も認めない療法を勧めるクリニックの実態 患者の頭に「磁気刺激」、治療代に高額ローン組ますケースも

脳波検査のレポートには「混線」や「グレーゾーン」と手書きで記されていた(患者提供)

厚生労働省の2016年の調査によると、診断を受けた人は全国で約48万人(推計)。診断数は増加傾向にあるとされ、認知度の高まりなどが理由に挙げられている。
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精神科クリニックの「総括院長」名で送られてキタメッセージアプリのスクリーンショット。「医師問診は患者様との駆け引き」とある


心理テクで契約獲得共同通信は、このクリニックのカウンセラー向け内部資料を入手した。タイトルは「契約の取れるカウンセラーになるための営業学」。作成は2023年2月で、部外秘を示す「CONFIDENTIAL」と書かれていた。資料では、最初の情報が意思決定に影響する「アンカリング効果」と呼ばれる心理学のテクニックを説明。最初に機器の値段は数千万円だと示すことで、数十万円の施術費を安く感じさせる手法も紹介している。関係者によると、カウンセラーの給与体系では、基本給に加算する「能力給」は、契約に至った割合を反映する仕組みだった。エステなどの営業経験がある人が採用されやすいという。勤務するカウンセラーは「医療機関の感覚が薄く、契約が取れればよいという雰囲気だ」と利益重視の姿勢を明かした。また、医師も契約を強く求められるという。元勤務医や関係者は「どれだけ契約につなげるかで給与が変わる」「診察を『駆け引き』と呼ぶ医者がいた。最低でも2割の契約を求められた」と話した。


▽「自由意思で納得して契約」共同通信はクリニック側の見解を問うため医療法人などに質問状を送付したが、期限までに回答はなかった。一方、医療法人が業務委託するコンサルタント会社の幹部は取材に応じ、「自由意思で納得して契約してもらっており、問題ない。本当に効果がないなら事業として成り立たないはずだ」と話した。