ロボトミー手術誕生背景・変遷
1848年鉄道敷設の際、ゲイジは暴発事故で鉄の棒が頭に刺さった。その棒は彼の前頭葉を貫通したが、奇跡的に命を取り留めた。記憶はもとのままだったが、人格がすっかり変わってしまった。意地悪で攻撃的な性格になったのは、感情をコントロールする前頭葉の眼窩前頭皮質が損傷したからである。

エール大学の神経科学者ジョン・フェルトンが二匹のチンパンジーの眼窩前頭皮質切を除すると同様の結果が出ることに気付いた。手術により、床に排便したり、かんしゃくを起こしたりして、自分を制御できなくなったが、前頭葉を全部切断すると二匹のチンパンジーはおとなしくなりリラックスして落ち着きを取り戻した。この結果を1935年ロンドンで開かれた第二回国際神経学会で発表した。重度の鬱や統合失調症の患者を治療していたモニスは、前頭皮質におけるシナプスの不具合で精神障害が起こるという仮説を立てていた。フルトンのチンパンジーの研究発表を聞いて、前頭葉と視床の連絡線維を切断すれば前投与と機能不全のシナプスは脳のほかの部分から完全に切り離されて、病態は改善すると考えた。ロンドンの会議の4ヶ月後にモニスは初めて人にその手術を行った。
ただ、彼の手は痛風のため変形して手術が出来ず、助手にやらせた。60歳の元売春婦の患者の頭蓋骨に二つの穴をあけ、アルコールを注入し、前頭葉から延びている神経線維を破壊した患者の施行の混乱状態はなくなったが、感情をすべて失い、人間とはいえない状態になった。その後数年かけてさらに19人の患者に手術を行い、最終的なルーコトームという道具を使ってどの神経線維を切断することが可能になった



すべての神経を切断しないと、望む結果が得られず、この手術方法をルーコトミー(前頭葉切除術)と名付け、1937年に発表した。

ノーベル賞・落日のロボトミー・社会問題化

ロボトミーはモニスのノーベル賞受賞で奇跡の治療として市民権を得る。しかし受賞からわずか3年後に,クロルプロマジンというロボトミーに対する最も強力なライバルが現れる。ロボトミーの負の側面,すなわち手術死亡率の高さや人格の変化などが問題点として顕在化しロボトミーに対する世間の風向きが変わる。ロボトミーに批判的な映画や様々な社会スキャンダルが登場し奇跡の治療が悪魔の手術に転落する。