D−デイ | 錦鯉春助の冒険

錦鯉春助の冒険

日常の恐ろしき風景

 久しぶりにリアルで細緻な夢を観た。20歳代に付き合った女が出てきたのだ


 しかし覚醒すると夢の中の女の顔も名前も思いだせない。最近、身体からスタミナやエネルギーが消えていく気がする


 詳しくは書かないが僕はもう社会人の務めは果たした 。随分税金も納めたし、死んでも嫁が一生困らぬモノは残した。ローンも一切ない


 後は死ぬのを只々待つだけだ。ひょっとしたら人間は生れ落ちた時から死を待つだけかも知れない


 タイトルは忘れたがロバート・デ・ニーロがアル・カポネ役の映画があった。カポネは部下の幹部達を集める


 円卓に座る部下達の背後を歩きカポネが不気味に笑う。「この中に裏切り者がいる」


 そして部下の一人の背後からバットで後頭部を強打する。これも迷惑な話だ


 強烈な衝撃と一瞬の吐き気がこの男の世の最後なのだから。死が一度も介入せず死ぬのだ。死んだ事も知らず死ぬ


 死ぬかも知れない認識の中で死ぬのは病人と戦場の兵士だ


 D−デイとは第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の事だ。ドイツ軍は東部戦線でソ連と戦っていた


 アメリカ、カナダ、イギリス、フランス等の連合軍はフランスのノルマンディーに上陸してドイツ軍を挟み撃ちにする作戦を立てた


 だがドイツ軍が待ち受けるノルマンディー上陸は多くの犠牲を伴うと予想された。事実、上陸地点のひとつオマハビーチはブラッドビーチと呼ばれた


 輸送船でビーチの沖合いまで運ばた兵士は数十名単位に分けられ上陸用舟艇に乗る。しかし遮蔽物のある舟艇はビーチの砂浜の150㍍手前までしか行けない


 何故なら波打ち際にドイツ軍が爆弾を仕掛けたから舟は入れないのだ


 兵士は思い背囊を背負い膝まで波だから走れない。砂浜まで歩いて行かねばならない。遮蔽物はない。砂浜の向こうからドイツ軍が重機関銃や砲弾を撃ち込んでくる


 頭上を弾丸が飛ぶ空気を切る擦過音や爆弾が着弾する水柱。兵士は俺は死ぬだろうなと確信する。だが逃げ場はない


 兵士は恐怖による吐き気を我慢して命令を待つ。同じ死ぬなら頭に被弾して即死が良い。脇腹を撃たれ24時間悶絶した挙げ句死ぬのは厭だ


 出撃命令と共に舟艇を離れた若い兵士は僅か3秒で人生を終わる


 戦死は社会的義務ではない。死んで英霊と呼ばれても、戦死にどんな美辞麗句を並べられても無駄死に変わりはない


 オマハビーチの波打ち際で数千の兵士が死んだ。彼等に与えられたのはブリキの玩具のような勲章と僅かな年金だ。


 若者よ死ぬな。死は我々老人の仕事だ。