例えばこんな…③

元客は肩を抱いて喜んだ。


あたしが従業員だった頃、

誰ひとりとして指一本触れさせなかったのに
店を辞めた今こうして気安く触られていることに嫌悪を覚えた。



元客もよく喋る男もひたすらあたしに飲ませようとする。

完全にｷﾏりきっている唯一の女性はまったくあてにならない。



面白くなくなったあたしは
酔いも手伝って飲むかうまくかわすかどちらかに徹した。


早くこの場を去りたい・・・



化粧を直す振りをしてﾄｲﾚに入り携帯をﾁｪｯｸする。


30分前にK氏から3件も連絡が来ていた。


K氏は
待たされることと連絡を無視されることが大嫌いなはずだ。


すぐに電話を入れ速攻で行くとだけ伝え電話を切った。



会計も終わったし出ようとすると、よく喋る男にｷﾚられた。


「どっちが大事か冷静に考えろ」と。


K氏だと即答すると


「ｼﾞｬｯｼﾞ間違ってる」と。


それでも出たがっていると


「なめてんの？」と。


他にも男か女かとかどっちに義理があるかとか、

「また（次の機会）はないよ。」とか色々言ってきた。



ｼﾞｬｯｼﾞって、あたしは審判じゃない。

どっちが大事かなんて考えなくてもわかるし
あたしの自由だし行きたいところに行くだけ。

男だったらなんなの？

「またはない」って、こっちもそのつもりですから。

初対面の人に指図される覚えもないしあたしは間違ってない。


だいたいいい大人が若い子相手に連れ回すな。

さっきからくだらないことしか言えないのは、
この程度の社交辞令もわからないからなんですね。




こんな大人を相手にするのも馬鹿らしいので何も言わずにいると、
男は意外に早く期待通りの台詞を吐いた。


「もういい、おまえ早く帰れ！」


「はい、失礼しまーす」


移動をはじめながらあたしはこの日一番の笑顔で答えた。