建築家の腹 痛-taidan01.jpg
座・高円寺を背景に立つ伊東豊雄氏(右手)と遠藤勝勧氏(写真:細谷 陽二郎)
いとう とよお:1941年京城生まれ。65年東京大学工学部建築学科卒業。65~69年菊竹清訓建築設計事務所。71年アーバンロボット設立、79年伊東豊雄建築設計事務所に改称。86年「シルバーハット」で、2003年「せんだいメディアテーク」で日本建築学会賞作品賞受賞
えんどう しょうかん:1934年東京生まれ。54年早稲田大学工業高等学校卒業。55年菊竹清訓建築設計事務所入所、94年同事務所退所。96年遠藤勝勧建築設計室設立


http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20090511/532528/

 日経アーキテクチュアが2009年4月27日に発行した『スケッチで学ぶ名ディテール』。同書は、建築家の遠藤勝勧氏が、菊竹清訓建築設計事務所時代に始めた実測スケッチを約100点収めているのが売り物だ。

 もう一つの目玉が、遠藤氏のかつての同僚である伊東豊雄氏と内藤廣氏、そして師匠の菊竹氏との対談。遠藤氏ゆかりの3人の建築家がディテールや寸法をどうとらえているか遠藤氏に明らかにしてもらった。3回にわたってこれらの対談のアウトラインをお届けしよう。

 まずは伊東氏。遠藤氏とは1960年代半ばに菊竹事務所で出会って以来の仲だ。意外にも、伊東氏が独立してから建築に対する考えを戦わせたことはない。対談は2008年12月22日、伊東氏の最新作である東京・杉並の劇場、「座・高円寺」で行った。

 開始時点では緊張気味だった2人は、対談が進むごとに硬さがほぐれていった。議論はディテール論にとどまらず、伊東氏の最近のデザインにまで及んだ。「これが最初で最後の対談になるだろう」と伊東氏が対談を締めくくると、遠藤氏もホッと胸をなで下ろした。

 対談後には遠藤氏の意見も聞きながら、伊東氏に自身のベストディテールを選んでもらった。自邸であるシルバーハット、せんだいメディアテーク、まつもと市民芸術館。さらに、遠藤氏の推薦を受けて中野本町の家、SUMIKA
パヴィリオンを加えた。中野本町の家を除く詳細図は書籍に収録したのでぜひご覧いただきたい。以下に対談の一部を紹介しよう。


極論すれば板一枚あればいい

伊東――ディテールをどうとらえるか、建築家によって随分違うように思うんです。一般的に言われるディテール、つまりものの納まりみたいなことに僕はあまり興味がないんです。建築のコンセプトを最も明快に表現するには、どういう納まり方にするか、そこにしか興味がない。
 「シルバーハット」(1984年完成)が自分の中では一番面白いと思っているんですが、あの建築をつくった時に、ディテールのオーソリティーみたいな人から「この家にはディテールがない」と言われました。「先生とは考え方が違うんです」と逆らった覚えがあるんですけど、あの時はできるだけ、ものを即物的にプリミティブ(原初的)にとらえていこうというのが全体の考え方でした。
 極端に言えば、板が一枚あればキッチンになると考えてみる。照明も裸電球が吊り下がっていればそれでいい、間仕切りもパンチングの板をぶら下げるだけ、というようなことです。だから人によっては全然ディテールがないように見える。でもこちらはそういうコンセプトでつくったんです。遠藤さんは、納まりについてどう考えられますか?

遠藤――僕もそうですよ。実は菊竹さんの設計も複雑なディテールがあるようでいて、一つひとつ見ていくと、そうでもないんです。

伊東――そうですよね。そういうことを、僕は菊竹さんから教わったんだと思います。

遠藤――こういうディテールでやれ、と言われるようなこともなかったですね。手すりなどは人の手が触れるので、下がったり上がったりする場所を角を出して曲げると怒られましたけど。菊竹さんは村野藤吾さんに学びましたから、そういうところは村野さん譲りなんじゃないですか。それくらいですよ。菊竹さん自身がいろんな材料を使わなかったから、結果的にはすごいディテールを考えなくてもよかった。

伊東――今の日本はメーカーの力がすごいですね。設計の段階から、ガラスをどう入れるか、サッシをどう納めるか、メーカーの担当者にイメージを話していくと技術的にフォローしたものを考えてきてくれる。構造や設備のエンジニアと同じくらいに、こちらの考え方を分かってくれる人がいます。ですから日本でものをつくる時はものすごくやりやすいんですけど、海外で同じことをやろうとするとできない。材料メーカーが相談に乗る、というようなサービスは全くないですね。

遠藤――菊竹事務所でも、鉄ならこの人というようにメーカーの優秀な技術者がいて、設計している時から来ていただいて、その場でスケッチしながら相談していました。いま菊竹事務所を辞めて、いろんな事務所で若い人と話をしても、メーカーというと若い人にとってはイコールカタログなんです。担当者を呼んで相談するという雰囲気がない。呼ぶのは何か持ってきてほしい時。

伊東――うちの事務所は幸い、実務にかかわる形で若手を指導してくれるスタッフがいるので、一緒につくっていくのがスタイルになっています。

遠藤――それが本来あるべき姿だと思いますよ。

手描き図面で職人やメーカーが乗ってくれる

伊東――スケッチを描くということを、遠藤さんはどうお考えでしょう。実測については、僕も菊竹事務所にいるころはよく「測ってこい」と言われていました。遠藤さんは今でも測っておられますが……。

遠藤――測ることが目的ではないんです。寸法を知りたい。その寸法を自分の身体で感じておきたいというのかな。スケッチも実測もそのための訓練です。伊東さんの紹介で、僕は「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」(02
年完成)の工事監理に参加しましたけれど、あの時、何が役に立ったかというと、手描きで図面やスケッチが描けたことです。
 極端な言い方だけど、設計者のアレハンドロ・ザエラ・ポロさんとファーシッド・ムサビさんは、コンピューターで設計した図面をフロッピーに入れて工場や施工者に渡しさえすれば、何から何までつくってくれると考えているフシがあった。
 僕は現場へ行って、フリーハンドの原寸図面を描く。そうすると職人さんたちがみんな寄ってきて「こういうことか」と分かってくれるし、乗ってきてくれる。そうなれば、後はコンピューターの図面でもできるんです。だから若い人と一緒に仕事をする時、コンピューターで描いた図面と同じものを手描きでも描いておけと言いますね。例えばメーカーと話をしていて、らちが明かない時、手描きの方を出せと。そうすると、仕事が進んで思わぬ結果が出ることがあるわけです。

伊東――それはどういうことなんですかね。一方でモニターの中の抽象的な図面があって、それと原寸図みたいなものがあれば、その中間はなくていいのかな……。

遠藤――僕は、コンピューターは使えないから、そこは何とも言えませんが、人間の心にはそういう不思議なところがあると思う。これからの時代は分かりませんけど。


スケッチで学ぶ名ディテール―遠藤勝勧が実測した有名建築の「寸法」