
こんにちは。58期の福地です。
これは私がネパールのエベレストの近くでトレッキングをしてきたときの話です。かなり長いです。前半と後半に分けました。後半(6日目から)は明日投稿します。
右のスクロールバーの小ささを見てひるみました?それは写真が多いせいです。すみませんね。心してお読みください。
まず軽く自己紹介をしておこうと思います。58期の福地です。山が大好きです。ビビりで心配性です。アフリカやらネパールやら一人旅して少しはたくましくなったと思いたいのですが。めんどくさがりで沈没しがちな意識低い系トレッカー・バックパッカーたまにやってます。海外は小さいころからよく連れっていってもらってましたが一人旅はネパールが初めてです。
山に入るまでに人生で一番意味わからない出来事のお祭りだったりイミグレ行ったら偶然57期のT田さんに会ったり他にもネタしかないのですが、いちいち語ってたら40日分まとめないといけなくなるので本題のトレッキングのみに絞ります。いつか書きたいなぁ。トレッキング開始までが長いのはご愛敬ですよ。そこから短くなるはずなので…
行程
1日目 3月8日 カトマンズ✈ルクラ→パクディン
2日目 3月9日 パクディン→ナムチェ
3日目 3月10日 ナムチェ→ホテル・エベレスト・ビュー→プンキ・テンガ
4日目 3月11日 プンキ・テンガ→パンボチェ
5日目 3月12日 パンボチェ→ディンボチェ
6日目 3月13日 高度順応日
7日目 3月14日 ディンボチェ→ロブチェ
8日目 3月15日 ロブチェ→ゴラクシェプ→エベレストベースキャンプ(EBC)→ゴラクシェプ
9日目 3月16日 ゴラクシェプ→カラパタール→ゴラクシェプ→ゾンラ
10日目 3月17日 ゾンラ→チョラパス→ゴーキョ
11日目 3月18日 ゴーキョで休養
12日目 3月19日 ゴーキョ→ドーレ
13日目 3月20日 ドーレ→ナムチェ
14日目 3月21日 ナムチェ→ルクラ
15日目 3月22日 ルクラ✈カトマンズ

↑なんとなく描いてみました。薄い青は氷河、濃い青は湖か池かなにかです。
※当初の予定では8日目が終わったらカラパタールに登って2,3日かけてルクラに戻るつもりでした。村と村を歩いて一番最後の村からちょっとお散歩…くらいの予定だったんです。S口さん、T村さんすみませんでした。
日程は長いですが距離は長くもなく高山病にさえ気をつければ簡単です。チョラパス以外は。
装備
基本は日本の山装備と同じです。寝袋は極寒に耐えうるもの。防寒着たくさん。
ここにはそれ以外で重要、あって良かったなと思ったものを。
リップクリーム(唇が恐ろしいことになる)
日焼け止め
サングラス
モバイルバッテリー
ダイアモックス(高山病の薬。カトマンズの街角で安く買える。)
ストック(氷河を渡るときは必要かも。EBCならなくてもいいと思う)
アルミのボトル(アルミだと水を入れてストーブの上に置くだけで湯たんぽの出来上がり)
当たり前ですが日焼け止めはちゃんと塗りましょうね。日焼けでお絵描きしたクマみたいな顔になった女からの忠告です。え?ちゃんと塗ったか?…途中でめんどくさくなったんですよ…2日目くらいで…
タメルにもポカラにもトレッキング用品店がたくさんあります。
予算
このトレッキング中は合計で6~8万くらいになったと記憶しています。ガイド兼ポーターを雇ったので1人で行けばもっと安くなるはず。これに航空券代が往復4万弱…だったような…ちなみにルクラまではカトマンズからジープを乗り継いで2日半ほど歩けばもっと安く行けるようです。
宿代は1部屋200円~700円になりました。ご飯は夕飯が一食500円~800円くらい、朝食、昼食はもう少し安いくらいになったような…安いものを食べ続けていれば。
宿代も食事代も水代も、ルクラから遠くに行けば行くほど高くなります。
※2019年3月時点の情報です。記録しておらず、正確な情報ではありません。悪しからず。
まぁ、いろいろなことがありまして。(居座っていたドミトリーが突然値上げして追い出されるように他のドミトリーを探し歩くとか…)仲良くなった友人とカトマンズの繁華街タメルの端にあるホステルのドミトリーに落ち着きました。
このドミでこれからトレッキングで長い間をともにする韓国系オーストラリア人のジィー(40歳過ぎ、男性)と韓国系ニュージーランド人のダニエル(23歳、男性)と知り合いました。3人とも初対面でした。そのころ、私は別のトレッキングを狙っていたのですが、その年は異常な積雪量で道が開通してないだとかでちょうどあきらめていました。
余談ですがツアー会社の情報を鵜呑みにしてちゃだめですよ。雪の情報なんて都合のいいことしか言いませんからね。ドミなんかで集める、実際にそのトレイルにいったトレッカーの声が一番信頼できます(※個人の所感です)。
そうこうして集めた情報でエベレストベースキャンプ(以下EBC)まで行くトレイルは開通している、その時点で少し雪は残っているものの行けないことはないという情報をつかみました。
ダニエルは世界中を旅している元薬剤師のお兄さん。EBCトレッキングのためにネパールに来ました。ジィーは4人の子供を持つお父さんです。数年毎に奥さんと交代で一人旅をしているそうです。他のトレッキングをする予定でしたが、積雪情報を聞いてあきらめていたそうです。私がEBCに行くために山道具をそろえに行くというと2人ともついてきました。一緒に街を歩いていると3人でEBCトレッキングに行こうということに。そしてすでにEBCトレッキングのスタート地点、ルクラまでの航空券をとっていたダニエルに合わせてジィーと私も翌日早朝の便を取りました。
それではここからトレッキング初日
日記をもとにしているので文体がガラッと変わります。
1日目 3月8日 カトマンズ✈ルクラーパクディン
さぁいよいよ始まる。アンナプルナサーキットを狙いタメルに沈没してだいぶたった。開通せず何も進まないことにいらいらしてサンマティ(インド人の友人)とルンビニの寺院で宿坊体験、瞑想でもやってこようかと思っていたが、思わぬ道、連れを見つけた。ようやくこの町を脱出できることにほっとしている。

↑タメルの通り

↑どこか懐かしさを感じるロゴ。タンザニアでもこんなの見かけた気がするのですが…流行りですか?
この日、カトマンズからスタート地点のルクラまで飛行機に乗る。そしてルクラからパクディンという集落まで歩く。ルクラのテンジン・ヒラリー空港といえば標高2800mの場所にあり、世界一危険な空港と呼ばれている。無理やり作ったであろう短すぎる滑走路…手前は崖、奥は壁である。天気が悪いとすぐに遅延、キャンセルになり何日も飛ばないことがザラだ。そしてよく落ちる。現地の人たちに「午後の便は取るな飛ばないぞ。朝一の便を取るんだ」と何度も何度も言われた…のだが、前日に飛行機を取ったので私は2便のSITAエアーだった。(カトマンズールクラ間を飛ぶ航空会社は4、5社あった。)ダニエルとジィーは1便だった。2人のフライトは6:20、私のは7:20だ。ルクラに3人で待ち合わせてトレッキングを開始するつもりだ。
早朝4時なのに1週間ほど行動を共にしていたインドの友人が起きてきてくれた。バタバタして行動食が買えなかったでしょ、と持っていたドライデーツと豆。そして記念に、とガンディーのキーホルダーをくれた。ハグをして別れを告げる。またいつかインドに会いに行くよ。(今年の春に行く予定でしたが叶いませんでした…コロナめ。せめてダルエスサラームからムンバイまでの航空券代返せ)
タクシーで朝5:30にトリブバン国際空港の国内線ターミナルへ。小さな空港だ。入ったら一部天井が崩れてたのはご愛敬。

↑天井が落ちている
ダニエルとジィーはチェックインを済ませ保安検査を受け出発ロビーへ。私はチェックイン開始まで時間があったのでそのへんの椅子で昨晩買っておいたパンを食べる。(タメルのパン屋さんは夜8-9時を過ぎると半額で売り始めるので超お得。チーズケーキがひたすらおいしいお店とかもね)
そろそろいいだろうとチェックインカウンターへ行くがここで問題が。なんとルクラの天候が悪化しチェックインできない…なるほど…
これが…これがルクラの洗礼かーーーー!!!

↑ 当時のインスタグラムのストーリー投稿から
ここから保安検査を受けて出発ロビーに着くまでにいろいろありまして。長くなるのでまとめました。福地が一人でアホを晒しまくっていろんな人に心配されたという話なのですが。簡単にまとめると
・チェックインカウンターのおじさんにここが何空港か尋ねる→トリブバン”国際空港”の”国内線”ていう紛らわしさのせいです
・電光掲示板を探すも乗る便が見つからず同じチェックインカウンターのおじさんに聞きに行く→ごめんなさい普通にありました
・チェックインカウンターのおじさん、私を心配し、チェックイン開始の前に呼びに来て一番にチェックインしてくれる→カウンター前に荷物置いて順番待ちしてた皆さんごめんなさい
・荷物が16キロほどになることが判明→飛行機乗るのに問題ないけど重すぎてトレッキング開始前からいやになる。
・Boarding passと書かれた厚紙を手にこれ何?と近くにいた現地人の乗客らしきおじさんに尋ねる→普通に搭乗券でした。いえBoarding passの意味は分かりますよ…それらしく見えなかったので…
こんなところです。私が質問した2人のおじさん、顔に「こいつ大丈夫か?」って思いっきり出てましたね…大丈夫じゃないです。とりあえず、4,5時間の遅延でチェックインできました。
ここから話をもとに戻して。
出発ロビーのゲートから少し離れたところに座っていたのだが、気づくとチェックインカウンターにいたおじさんが前に立っている。「こっちにおいで」と言われた。これは…あまりに頼りなさ過ぎて迎えに来られた感じですかね…搭乗を開始したらしい。ゲートの付近にいた男の人が613?と聞くので搭乗券を見せる。私が先ほど搭乗券を見せてこれが何か聞いた人だ…手招きをしておいでと言っている。これは…乗客のこの人にまで心配されている感じですかね…ゲートを抜け奥に停まっていたバスに乗りこむ。乗客のおじさんは振り返って私がいることを確認していた。ありがとうございます…。

駐機場には5、6機の小さなプロペラ機が停まっている。バスはそのうちの一機のそばで停まった。飛行機にはSITA airと書かれている。見ていると飛行機のドアが開き乗客たちが降りてきた。そして先ほどのバスに乗り込み到着ロビーへと去っていった。そうこうしているうちにグランドスタッフの人たちは機内から座席を取り外しはじめる。…まさかの乗客数に合わせて座席数変わる感じ…。

↑取り外される座席
のんびりと作業が行われザックが積み込まれていく。その間にチェックインカウンターのおじさんが近づいてきた。「ネパール滞在中に何か困ったことがあったら連絡しなさい。」とフェイスブックの友達申請をしておいてくれた。もう…もう…なんとお礼を申し上げたらよいか…。
積み込み作業に長くかかりそうだったので乗客は翼の下に入って待っている。わたしもそこに加わる。詳しくは話さないがグランドスタッフのお兄さんから「いいじゃん。一か国、一都市にボーイフレンド一人ずつ作れば」という衝撃発言をされたのもこのタイミングである。仕事中にナンパしてくるんじゃないよ。(すみません。調子に乗ってるんじゃないです。衝撃発言だったので…自分の容姿に関してはよく理解しております。イラっとしないで。)
乗客の一人と話しているとゴーキョ方面は雪で道がまだ開通していないことが分かった。
機内はとても狭い。座席は決まっておらず好きなところに座れる。チェックインカウンターのおじさんが行きは左、帰りは右に乗るといいと教えてくれていたのでその通りにした。

↑狭い機内。コックピットまで筒抜け
ようやく飛行機が動き始める。これで!カトマンズ脱出!!…できたのはいいが…なかなか揺れる。小さいプロペラ機だし覚悟はしていたが予想以上だ。ん…?そういえば…ルクラ悪天候…てことは…?もっと揺れるやつや!!!30分の辛抱だとひたすら言い聞かせる。吐き気も必死で抑える。何度かこれ落ちるんかなーよく落ちとるけんなーこの路線…なんて考えも頭をよぎったがそれも抑える。しばらくすると白いヒマラヤ山脈が見えてきた。ありきたりな言葉で申し訳ないが、壮大で美しい…と思った。というかそれ以外考えとる余裕ないわ。落ちそうやし吐きそうやし。高所恐怖症でもないし飛行機が怖いと思ったこともないが、今回は目をつぶり落ちませんようにとひたすら祈った。ついでに心の中でいろんな人に別れを告げた。

↑機内から
突然飛行機は高度を下げ始める。ルクラに着陸するようだ。揺れる。タイヤが出たのを感じ取った。突然衝撃を感じ目をつむる。祈る祈る。うーん。気持ち悪い…。体全身で飛行機が停止しようとしているのを感じた。驚くほど短い距離で飛行機は停止した。飛行機の全力を感じた気がした。目を開けて窓の外を見ると目の前には、いや、翼ぎりぎり分くらいの余裕はあるが…壁である。ちょうど飛行機が駐機場に入るために右に曲がったところだったようだ。なるほど…すこしでもオーバーランすると、この壁に激突する…と…。ぞっとした。よほど私の顔がひきつっていたのか、右に座っていた人が少し笑って音を出さずに拍手してくれた。帰りも飛行機だ…とてもとってもとーっても気が重い。もし再びここに来ることがあればカトマンズからジープを乗り継いで2日半歩く方法にしようと心に決めた。
飛行機を降りるとジィーが出迎えてくれた。ジィー!!もう私はてっきり置いて行かれたかと…(泣)ジィーは誰か見知らぬ男の人を連れている。見たところ現地人のようだ。建物でザックを受け取り、空港近くのレストランに入った。そこではダニエルがダルバート(カレー)を食べていた。

↑タメルで食べた簡単なダルバート。チャパティの代わりに米のこともある。
席に着くと店員さんがメニューを渡してくれた。開くとどれも500ルピー(約500円)以上。あまりの高さにメニューを閉じそうになった。物価が跳ね上がるとは聞いていたがここまで高くなるのか…(タメルのお手頃なカフェでトーストを食べると70円くらい。タメルを離れた大衆食堂では50円くらい…だった…気がする)。この高地までわざわざ運んできているのだから当たり前ではあるのだが。とりあえず無難にパンケーキを頼む。ジィーは待っている間にガイドコンポ―ター(ガイド兼ポーター)を探しておいたと言って先ほど連れていた人を紹介してくれた。
私が食べている間にジィーが値段交渉を始めてくれた。ガイド(仮)は若い女の子だし学生でお金なさそうだから$15/日+チップでいいよと言ってきた。安い…安すぎるぞ…なぜそんな額をすんなり出してくるのか…(相場だとガイドだけで20~25ドル/日。ただしきちんとしたライセンスを持っている人だと思われる)不安は少しあったがとりあえず了承した。ジィーは用心深く、念のために仲介してくれた人とガイドの2人に了承を得て写真を撮っていた。

↑念のために紙にも書いてサインをもらっておく
最初に3日分を払う約束だったので$45、だいたい4800ルピー(約4800円)払った。ちなみにガイドの名前はナウォン・シェルパ。
レストランの窓の下には例の滑走路があった。冒頭でも書いたように滑走路の端は壁と崖だ。滑走路自体は舗装されただけの坂に見える。飛行機は滑走路を外れると上昇を始める…というより投げられた紙飛行機のように見える。

↑写真だと分かりにくいかもしれない…が、短い。明らかに短い。そして坂。

14時頃、ようやく今日の目的地パクディンへ出発する。いよいよだ。ここ数か月バイトに打ち込んでいて体力が少し心配だが、ようやく始まるというわくわくもある。この時の天気は小雨。少し肌寒いくらい。カトマンズは暑かったのに。
ナウォンが私のサブザックを、私はメインザックを持ち歩き始めた。ルクラの集落は石が敷かれている。途中、許可状を申請する場所があった。2000ルピー(訳2000円)払い3人ともすんなりとパーミットを入手した。ルクラはEBCトレッキングの拠点とされておりトレッカー向けの建物が多い。ロッジや雑貨店、カフェが並ぶ通りを抜ける。

↑帰りに撮ったもの。わんこ達がくつろいでいる。
集落の抜けると林の中へといってもよく整備されている。標高2800mのルクラから標高2610まではほぼ下り坂だ。もっとも最低標高は2450mくらいになるので多少の登りはあるが。
よく牛たちとすれ違う。道のいたるところにフンが落ちているがすぐに慣れることになる。牛、ロバ、ヤクとすれ違う時は必ず山側よけなさいと教わった。たまに落とされる人がいるらしい。基本的にEBCまでの道はトレッカーのための道…というわけではなく地元の人たちが行き来する道だ。ネパールには様々な民族、顔立ちの人たちが暮らしているがこの辺の人(おそらくシェルパ族)は顔立ちが日本人に似ている気がする。

↑すれ違う牛たち。手前にいるのはダニエル
沢も多く、つり橋がよくかけてある。

↑つり橋。小さなリュックサックを背負った女の子たちは地元の子たち
このつり橋を抜けてすぐガイドらしき人とトレッカーらしき人のペアとすれ違った。そのトレッカーらしき人の肩を見てとっさに「こんにちは。」と出てきた。その人のザックの肩ひもは青。その上のほうに直径1cmないくらいの赤丸が縫い付けてある。間違いない。この色といい赤丸といいこれはモンベルのゼロポイントのザックだ。我ながら素晴らしい瞬発力。いえ、モンベル製品だから日本人というわけでは決してないのですが。その人はすこし面食らったような顔だったが(そりゃそうだ)挨拶を返してくれたので少し話した。
下って下って最後に登って本日の目的地パクディンに着いた。
ナウォンの知り合いのロッジにトリプルルームがあったので3人で1部屋に泊まることにした。1部屋で200ルピー(約200円)。これを3人で割る。さらにうれしいことに無料WiFiが。ありがたやありがたや。ダイニングにはたくさんのトレッカー客、ガイドたちが。ストーブもあって暖かい。夕飯はそのダイニングでいただく。とりあえず米だな、とチャーハンとガーリックスープ(高山病に効くらしい。何の症状もないがとりあえず予防)を頼む。ジィーはチャーハンのみ。ダニエルはモモ(餃子みたいなもの)を。ここで学んだことだが…チャーハンはだいたいどこの宿でも一番安いごはんだ。そして量が多い。本当に多い。私の感覚では3人前くらいある。なんとか食べ終えたが、次回からチャーハンは覚悟を決めて注文することに決めた。ガーリックスープはほとんど豚骨スープのような味だった気がする(なわけないだろというツッコミは甘んじて受け入れる)。ちなみにガイド、ポーターたちはまとめてダルバートを食べる。無料だったか安くなるか忘れたがそんな感じ。

↑タメルのおいしいモモ屋さんで食べたモモ。開かれたガイドブックはアンナプルナのトレッキングのページ
ナウォンが明日の朝食を何にするか聞きに来た。朝食は前日に決め希望の時間を書いてだしておくらしい。
部屋に戻りベッドの上にさらに寝袋を出し早めに寝た。ガイドやポーターはダイニングに寝る気がする。たぶん。
2日目 3月9日 パクディン→ナムチェ

今日はパクディン(2800m)からナムチェ(3400m)まで歩く日だ。ナムチェといえばこの辺一帯では一番大きな村だ。山の斜面にたくさんの建物が建っておりルクラより大きいとか。出発前からわくわくしている。行程を決めたダニエル曰く登りで一番きつい日らしいが。
朝食にトーストを食べ、ロッジの外に出ると白い山が見えた。昨日は雲に覆われていたが今日は顔を出したようだ。ダニエルもジィーも歯磨きをしながらにこにこしている。

↑手前の山の陰に隠れてはいるが山が見えた。名前は知らない。
宿代、ご飯代は1部屋で出る。ジィー、ダニエルと私でそれぞれの分を計算して清算した。朝8:00頃にパクディンを出発する。
(この日の日記を書いたのがトレッキングの最中だったためか昼ご飯までの風景の描写がございません。たぶん毎日自然に囲まれて?て特に印象に残らなかったのでしょうね。しばらくの間写真でお楽しみください。)

↑つり橋を渡ったようです。ダニエルです。

↑川です。水がきれいですね。先ほどのつり橋がかかっていた川でしょうか

↑お、途中の集落でくつろぐわんちゃんを見つけたようですね。かわいいです。もふもふしたいですが狂犬病などの可能性を考えてやめておきました。
途中の小さな村のレストランで昼食をとった。パッとメニューを見た感じではパクディンと食べ物の値段は変わらないか。すぐに食べれそうなチーズトーストを注文した。おいしい。

↑チーズトーストです。おいしかったそうです。それ以外の言葉はないのかね全く。
少し休憩してまたナムチェまで歩き始める。
(ここからナムチェに着くまでの描写がないので写真でお送りします。記憶ではずっと登りだったような)

↑ご飯食べた村ですかね。それかパーミット見せる関所だったかも。

↑集落の囲いの中に子馬と牛がいたようです。

↑村でゾッキョたちとすれ違ったみたいです。よくあるんですけどね。ゾッキョって言いましたがすみません。牛とヤクとゾッキョの違いがよく分かってないです。
村を出てしばらく歩くとモンジョに着いた。ここでさらに入域料だか別のパーミット代だったか忘れたが3000ルピー支払う。

↑緑の小屋でパーミットを見せて通過します。

↑どこかの村のおっちゃんみたいです。強盗みたいな格好ですね。一瞬ドキッとしましたよもう。中央奥やや左にあるのは…なんだっけ。とりあえず神聖なもので道の真ん中にあるときは右肩を向けます。

↑渡ったみたいです。なかなか高度感がありますね。

↑つり橋から撮ったんですかね

↑ロバたちが歩いていたみたいです。
15時過ぎに無事ナムチェに到着した。小雨が降っている。昨日のパクディンより気温が低く寒い。なるほどこれは大きな村だ。山の斜面にある村で私たちが到着したのは斜面の下のほう。斜面の上を見上げるとたくさんの建物が並んでいる。

↑少し登ってから撮ったもの。もっと、こう、広がってるんですよ。写真撮るの苦手なめんどくさがりを恨んでいるところです。
村の規模が大きいだけあってロッジやカフェ、トレッキング用品店の数も多い。坂を上り下りしてロッジを数軒偵察する。ほとんどのロッジが1部屋500ルピーだった。ナウォンがこの村にいた数日前までは200とか300だったらしいのだが値上げしたらしい。村の上のほうにあった”さくらロッジ”というところにだけ200ルピーの部屋があったのでそこに落ちついた。広々としたダイニングでとても居心地がよい。驚いたことに日本の有名な登山家の名前が入ったステッカーやサインがあった。”さくら”という名前のロッジだし日本人がよく泊まるのだろうか。

↑野口健さんのステッカー。山下建夫さんのものもあった。

↑まさかの。この部屋の人うらやましい!隣の部屋のドアには三浦豪太さんのサインもあった。

↑三浦さんたちと、…この宿のオーナーだったかな…違ったかも。余談だがナウォンも三浦さんや山下さんの隊に加わったことがあると言っていた。
宿に荷物をおいてジィーとダニエルとナムチェを散策に出かけた…のだがダニエルは具合が悪そうだ。頭痛があると言う。高山病の症状だ。宿を探すためによく動きまわったせいだろう。ジィーも少し頭に違和感があるようだが痛むというほどではないらしい。私はなにもない。まだ標高3400mだ。あと2000mほど高度を上げるのだが…大丈夫だろうか…。こういう時は少し歩いて体を慣らしたほうがいいとのことでゆっくり歩いてナムチェのメインの通りまで行く。ダニエルがジィーに「ケンチャナヨ(大丈夫です)」と言っているのが聞こえる。ダニエルとジィーはトレッキング用品店でもこもこのダウンジャケットを買いに行くというので別れた。

↑メインかは分からないが大きな通り

↑こっちがメインだったかもしれない。ずっと坂なのが分かってもらえるはず。
余談だが私たち3人、4人で話すときは英語だ。ダニエルとジィーが2人で話すときはたまに韓国語を使う。誰に話しかけているのかすぐに分かるので私は楽だった。ジィーはオーストラリアに移住したてのころ日本食レストランで働いたらしく日本語のフレーズをいくつか知っている。ご飯を食べていると、たまに「おいしい?」と聞いてくれる。私もホテルフロントのバイトで覚えた韓国語をたまに使う。「マシッソヨ(おいしいです)!」と返すと2人も笑ってくれる。ナウォンも日本人のトレッカーからいくつか日本語の言葉を学んだらしく、「きれい?(山を指さして)」「寒い?」と聞いてくれる。
一人になった私はふらふらとナムチェの村を歩き回った。いくつかトレッキング用品店や食料雑貨店を物色する。数軒目のトレッキング用品店に入ったとき、突然「あ…カトマンズの空港の…」と声をかけられた。見るとカトマンズの空港で助けてくれた乗客のおじさんがカウンターの向こうに座っている。まさかの再会だ。ルクラの空港で見失ってしまいお礼が言えず残念に思っていたのだが。話を聞くとこのトレッキング用品店のオーナーでついさきほどナムチェに戻り店を開けたところだったらしい。しばらくおしゃべりし、またナムチェに戻ってきた帰り道に会いに来ると約束した。

↑そのトレッキング用品店とは関係がない…気がする。店の上にこれまた懐かしいロゴが。
次に入った食料雑貨店は薄暗くどうやら今開店したところだったらしい。これはラッキーだ。ネパールには開店1番の客を大事にする風習があり、安くしてもらえることが多い。値段交渉が苦手な私はよくこれを狙う。行動食用に150ルピーと書かれたオレオを持っていくと100ルピーにしてくれた。うれしい。
しばらくしてロッジに戻る。

↑途中で見つけた子ヤギ

↑道の真ん中にいた牛。何を狙っているのか気になる
ダイニングに行くとダニエルとジィーがいたので夕食にする。懲りずにチャーハンを頼んだ。だって安いんだもの。ガーリックスープも。このガーリックスープは昨日飲んだものとはだいぶ違っていた。昨日のほうが味が強烈だったというか。というかあれは豚骨スープ。ダニエル曰く韓国でお正月に食べる米からできたスープのようらしい。ご飯を食べて早めに部屋に引き上げた。
3日目 3月10日 ナムチェ→ホテル・エベレスト・ビュー→プンキ・テンガ

この日はナムチェを出てプンキ・テンガまで歩く。距離としては短い。だいたいの人はナムチェで2泊して高度順応するのだが日程の関係でやや急ぎ気味のダニエルはエベレストビューホテル(ナムチェより高い場所にあるのでナムチェに2泊する人もここに登って順応する)を経由してナムチェよりも標高の低いプンキ・テンガに移動することにした。
朝起きると窓の外が明るい。晴れだ!ここ2日間くもっていたり小雨だったりしたのでうれしい。朝食前にロッジの前に出てみると目の前には白い山が。いやーテンションあがるねぇ。一緒に外に出てきたダニエルもうれしそうだ。

↑宿出たらこれですよ。もうテンション上がるしかないでしょ。右に写るのはダニエル

↑一人でにやにやしていた自信がある。そう。こういうの見に来たのよ。
また後で見れるから、と自分に言い聞かせて朝食を食べに行く。この日も朝食にはトーストを。だって安いんだもの。
また3人で清算を済ませのんびりとロッジを出発する。

↑どこかで丸まって寝ていたわんこ。もっふもふわっしゃわしゃしたい衝動を抑える
村の中は階段ばかりだ。朝からなかなかいい運動になる。と思っていたが村を抜けてもまだまだ急登だ。結構きつい。だが周りの景色は言葉が出ないほどきれいだ。ヒマラヤの山々が見える。少しだけアマ・ダブラムの頂も見えた。

↑村の上から後ろを振り返る。眼下には村の建物が。

↑ここの坂きつかった。下にはナムチェの村の一部が見える。きついのかジィーがやや遅れ気味(オレンジ)

↑左側からトラバースしている道が見える。アマダブラムは右側。明らかに雰囲気の違う山。かっっっこよ。

↑ジィーとナウォンが写っている。
そうこうしてなんとかホテル・エベレスト・ビューに到着する。今まで見てきたロッジとは違い”ホテル”感が漂っている。ここは標高3880mらしい。日本人によって建設されている。某ガイドブックによると宿泊は日本からのツアーのみらしい。(てことは日本のお金持ちシニア向けですか?バイトバイトでようやくお金貯めた大学生が足踏み入れていいところですか?)

↑ホテルの入り口。ご覧くださいこの長い階段。他との格の違いを見せつけているようです。
宿泊はツアーだけといったがレストランなら利用できる。せっかくなのでテラス席へ。”世界で最もエベレストに近いホテル”らしいし。館内には日本語の書かれたものがいろいろおいてある。どこかに「この地で眠る幸せ者よ」みたいな言葉が書かれた何かを見た記憶があるのですがどなたが眠ってるんですか。花の写真も飾ってあった。

↑テラスからの眺め(エベレストです。どれかは忘れました。)

↑ホテルからの眺めその2(もっと写真の撮りようあっただろというツッコミは受け付けておりません。)
テラス席からはエベレストが眺められる。なるほどこれは絶景だ。メニューを持ってきてもらったのでジィー、ダニエルと3人で恐る恐る開く。
た か い。
いえ知ってましたよ。知ってましたけどもね。メニューには日本食が多かった。何か頼まねばということで1ポット分のココアとナウォンの分も合わせてカップを4つお願いした。ココアをすすりながら一息ついていると中年日本人の団体が到着した。少し話をしてみるとツアーで来たらしくここのホテルがゴールだと。泊まるのはナムチェのようだが。ここで休んで散策をしたら引き返すそうだ。
休憩を終えてホテルから退散する。お昼時でお腹がすいてきたがほかの村のレストランに転がり込むまでの辛抱だ。ホテル・エベレスト・ビューを過ぎてからは下りだ。すぐに大きな村が見えてくる。ご飯…かと思いきやここを通りすぎもう一つ先の村まで。

↑大きな村を通り過ぎる。
途中、分岐を通り過ぎ小さな村に到着した。おそらくゴーキョとEBCへの分岐だったと思う。この村のレストランでご飯を食べる。天気がいいので外の席で。ここはネットが繋がるらしく、SIMカードを持っているジィーはオーストラリアにいる家族とビデオ通話を始めた。私とダニエルもジィーの4人の子供たちの挨拶しておく。かわいい。余談だがジィーは子供たちのことを私の小さなベイビー達と呼ぶ。これもかわいい。
昼にはララヌードルを食べた。パクディンからちょくちょくメニューで見かけて気になっていたのだ。ラーメンぽいうどんぽい名前だなって。運ばれてきたのは汁が多めの即席ラーメンのようなもの。日本でも食べたことのあるような味だ。食べやすい。(カトマンズに帰ってからこの味が懐かしくなり、食料雑貨店を回ってララヌードルある?って聞いていたら困惑した顔で即席めんを出された。1袋5円だったか15円だったかそのくらい。それがララヌードルかは分からないが。)

↑昼食をとったところ。牛(かゾッキョかヤクかも…ややこしいんじゃい)がうろうろしている。
しばらくしてまた歩き始める。

↑とても歩きやすい道。先頭はナウォン。黄色のもこもこダウンはダニエル。
15時過ぎ、プンキ・テンガに到着した。とっても小さな村でロッジは一軒だけだ。だいたいのトレッカーはナムチェに泊まるのだろう。沢の横にあるためかとても寒い。 部屋は簡素なつくりだ。1部屋200ルピー(約200円)。またもチャーハンを食べ(だって安いんだもの。)早めに就寝。

↑ロッジで見つけたステッカー。たぶんプンキ・テンガだった。

↑とっても小さな村。集落かも。ロッジの前につり橋がかかっていた。
4日目 3月11日 プンキ・テンガ→パンボチェ

この日はパンボチェまで。途中でタンボチェという村を通るのだがここにはチベット仏教の大きな僧院がある。楽しみだ。
朝起きてトーストとオムレツを食べる。先日までトーストだけだったのにオムレツを追加した。進化。値段は高くなったけど。
(さて。例によって風景の描写がございません。写真でどうぞ)

↑お、早速の登場ですね。ゾッキョだかヤクだか分かりませんが。牛でないことは分かりました。

↑黒いですね。穏やかな目をしていらっしゃいます。
すぐにタンボチェに着いた。プンキ・テンガから近いし。タンボチェは山の中の開けた場所にありエベレストやアマダブラムがきれいに見える。僧院もあった。想像していたよりだいぶ立派で大きい。

↑あれ、もうタンボチェに着いたようです。中央の大きい建物が僧院のはず。正面から撮った写真がないんですが…神聖な場所だろうし気がひけるなーなんて思わず撮っとけよ。みんな撮っとるやんって今思いました

↑タンボチェからエベレストとアマダブラム(途切れているが)
タンボチェは開けた場所にある。日本発のツアーはここへ来るのを目的とするものもあるらしい。

↑タンボチェから

↑つり橋を渡る。向かい側に道があるのが見える。

↑ア!マ!ダ!ブ!ラ!ム!!
パンボチェに着いた。ロッジが数軒ある。トリプルルームがあったのでそこに3人で泊まることにする。
夕飯にはガーリックヌードルとゆでたじゃがいもを頼んだ。このじゃがいもがおいしかった。小ぶりだが量が多く(7,8個)甘い。2,3個ジィーにあげた。ジィーはコチュジャンを持ち歩いているのでそれをつけて食べていた。(コチュジャンの大きなチューブを出してきたときは驚いたのだがダニエルは微塵も驚いていなかった。まさか…これ…普通…なのか…?ダニエルもたまに使ってるし…)
1日目から段々と気温が下がっている。標高が高くなっているのを感じる。ルクラからは見えなかったアマダブラムが見えるようになり、どんどん近づいてくる。村も前ほど大きいのは見なくなってきた。宿代も食事代も水代もじわじわと高くなってくる。
この日はダイニングで世界中のトレッカーたちとおしゃべりできた。と言っても私はあまり喋っていないけれど。話を聞くだけでも楽しい。

↑部屋の窓から頭をつっこんできた子牛。人の着替えをのぞくんじゃないよ
5日目 3月12日 パンボチェ→ディンボチェ

この日はパンボチェ(3985m)からディンボチェ(4350m)へ。ダニエルは高山病が悪化しているようだ。ナウォンにはダニエルの荷物を持ってもらうことにする。ダニエルはダイアモックス(高山病の薬)の服用量を増やしたらしい。副作用の手足唇のしびれも気になるようだ。ジィーも頭痛がするようだ。私はナムチェのあたりから予防のために少量服用しているが副作用はそこまでない。たまにしびれを感じるが。幸いなことに高山病の症状もない。
しばらく登りが続く。ずっとアマダブラムが見えるので幸せだ

↑沢がある

↑山がきれいに見える

↑ザックを降ろして休憩。中央下にあるのはゴミ箱。エベレスト街道には多く設置してある


↑手前にポーターさんが運んでいた板が立てかけられている。分かりにくいが。

↑ディンボチェが見えた。

↑泊まったロッジが写っているので。このロッジはフレンチベーカリーもあるし居心地もいい。中央左に白いストゥーパも見える
昼頃にディンボチェに着いた。ディンボチェからはアマダブラムやエベレストがきれいに見える。ここには高度順応のため2泊する。お昼ご飯にチベタンブレッドというものを。膨らませた揚げパンのようなものだ。(写真撮っとけよー!て今思いました。)
とってもいい天気だ。日が出てぽかぽかしている。宿の前には谷が広がっている。その谷の向こうには文字通りアマダブラムがそびえている。あの谷に下りてあの尾根を伝っていけば山頂いけるかなーなんて考えながら外の石垣に腰かけアマダブラムを眺めてのんびりする。ロッジ前で寝袋も干しておく。
しばらくして一人で周囲探索にでかけた。ロッジの裏には小さな丘がありその途中に白いストゥーパ(仏舎利塔)がたっている。ロッジの前の谷を見てみた後その丘のほうへ向かった。思っていたよりも風が強い。少し登るのに苦労した。

↑ロッジに併設してあったフレンチベーカリー

↑ストゥーパと少し雲のかかったエベレスト

↑アマダブラムとストゥーパ。タルチョがはためいている。

↑アマダブラムとストゥーパの正面バージョン

↑ディンボチェの村。ここに住んだらどんな暮らしになるのかよく考える
宿に帰り夕飯にベジ・ヌードルを食べる。フレンチベーカリーのおいしそうなパンの匂いに惹かれるがこらえる。学生に500ルピー(約500円)は大きい。ミネラルウォーターに250ルピー飛んで行ったのに。夜は寒いのでもう1枚掛け布団をかりて2枚重ねて寝た。アルミ製のボトルに水を入れてストーブの上に置いておいたのでそれも湯たんぽに使う。宿代は1部屋500ルピー
全編はここまで。