もしあなたが「なんとなく体調が悪くて不安」だったとしよう。
あなたは総合病院を受診し、不安を訴える。
診察室で、医者はあなたの訴えをパソコンのディスプレイを見たまま聞き流し、「じゃあ検査しましょう」と言う。
そして、血液検査やレントゲン検査を受けて、診察室に戻ってきたあなたに、医者はこんな態度をとるのだ。
「ああ、検査したけど、異常値は出てないし、レントゲンも問題ない。あなたの症状は、気のせいですよ。とにかく、検査で異常がないからだいじょうぶ、じゃあ次の人!」
さて、あなたはこれで「満足」できるだろうか?
「検査で異常がない」でも、あなたには「症状」がある。「不安」だ。
たぶん、「近くの病院でこんな対応をされた」ことを誰かがネットに書けば、そこには、同情の声が集まるはずだ。
いま、ネット上での「正論」の多くは、まさに、こういう「冷たい態度の医者」そっくりだと僕には思われる。
彼らは、「不安である」という人を、「お前らはバカだから不安がるんだ」「データではこれが正しいに決まっているのに、なぜわからない?」と責めたてる。
もし自分が患者だったら、そんな医者には不満なはずなのに、自分が「正しい」「自信がある」と思いこんでしまうと、他者に対して、そういう態度をとることに何の疑問も持たない。
— あなたが主張している「正論」は、「不安な人」には届かない。 - 琥珀色の戯言
あなたは総合病院を受診し、不安を訴える。
診察室で、医者はあなたの訴えをパソコンのディスプレイを見たまま聞き流し、「じゃあ検査しましょう」と言う。
そして、血液検査やレントゲン検査を受けて、診察室に戻ってきたあなたに、医者はこんな態度をとるのだ。
「ああ、検査したけど、異常値は出てないし、レントゲンも問題ない。あなたの症状は、気のせいですよ。とにかく、検査で異常がないからだいじょうぶ、じゃあ次の人!」
さて、あなたはこれで「満足」できるだろうか?
「検査で異常がない」でも、あなたには「症状」がある。「不安」だ。
たぶん、「近くの病院でこんな対応をされた」ことを誰かがネットに書けば、そこには、同情の声が集まるはずだ。
いま、ネット上での「正論」の多くは、まさに、こういう「冷たい態度の医者」そっくりだと僕には思われる。
彼らは、「不安である」という人を、「お前らはバカだから不安がるんだ」「データではこれが正しいに決まっているのに、なぜわからない?」と責めたてる。
もし自分が患者だったら、そんな医者には不満なはずなのに、自分が「正しい」「自信がある」と思いこんでしまうと、他者に対して、そういう態度をとることに何の疑問も持たない。
— あなたが主張している「正論」は、「不安な人」には届かない。 - 琥珀色の戯言