風歴738年。
風の谷の族長ジルが病没し、娘のナウシカが跡を継ぐこととなる。
周辺諸国の貴族達はこの若く美しい族長と風の谷を求めてこぞって求婚したが
ナウシカはそれを悉く固辞。周辺諸国との関係は微妙に気まずいものとなっていた。
そんな中、酸の海の彼方から暴帝ハウル率いる魔の軍団が押し寄せる。
各国は連合を組みこれと戦うも、未知の力を使うハウル帝の前では全くの無力。
開戦半年後にはトルメキアの首都トラスまでもが陥落、連合は無条件降服を宣言した。
集めた各国貴族の前でハウル帝は『僕の僕による僕のための大ハーレム造営計画』を打ち出す。
内容は明快で『男は皆殺し』『女は綺麗どころだけ残して皆殺し』というものだった。
抗議の声をあげるものは誰もいない。
貴族達はどうすれば自分達だけでも助かるか、必死に考えていた。
その時、ひとりの姫が席から立ち上がり、ずかずかとハウル帝に近づくといきなりほっぺたぱぁーん!
「あなたは人の命をなんだと思っているの! 恥を知りなさい!」
もちろんそれはナウシカばばーん!
慌てて兵士がナウシカを取り押さえようとするが、ハウル帝が一喝して兵をさがらせる。
彼はナウシカの手を取り、ひざまずいてキスをした。
「素晴らしい。君こそ我が妃にふさわしい」「・・・えっ?」
「諸君聞きたまえ。ハーレム造営はとりやめる。私は今妃を得た。・・・えっと君、名前は?」
「ナ、ナウシカ」
「綺麗な名前だね。君によく似合っている。
諸君、ナウシカだ。来週には式を挙げるから各領地に戻り、私とナウシカを祝福する準備をしてきてくれ。以上」
ざわわざわざわ
「皇帝・・・何を考えているの」
「こわがらないでナウシカ。僕は本気だ。君のことが気に入った。それだけだよ」
「そっ、そんなこと急にいわれても」
「だいじょうぶ。僕はいい夫になるよ。欲しいものならなんだってあげるし、浮気だって・・・まぁなるべくしない。
君がやめてほしいなら戦争だってやめるよ」
「戦争を・・・やめる? 人々には手を出さないと誓うの?」
「誓うよ。別に殺しまわったってあんまり得することなんてないしね。さっきのハーレムは僕なりのジョークさ。
思ったよりウケが悪くて焦ったよ。君がつっこんでくれて助かった。
まぁ・・・貴族達が貢物を持って自分達の助命を願い出てきたときは・・・色々考えたかもしれない」
「色々?」
「色々さ。わかるね、ナウシカ。君が僕と結婚してくれない時は・・・その時は、やっぱり僕なりに色々考えることになる」
「・・・・・・」
「一週間待つから君は君で考えてきてほしい。いい返事を前提に準備するよ。ははは楽しみだな。
返事の手紙には君の好みとかも教えてくれると助かるよ。君と僕の式なんだ。こういうのはふたりで考えないとね」
老婆がそれを遠くから見て溜め息。
「まったくハウルったら。本当に節操がないんだから」
風の谷の城。
ハウル帝に求婚されてから5日。明日には使者がやってくる。
ナウシカの心はハウルから求婚された時には決まっていた。
自分の身ひとつで多くの人の命を救えるのなら、悩むことはなにもない。
ナウシカはその場で返事をするつもりだったのだが、ハウル帝は時間をくれた。
ハウル帝は妙な男だ。
残酷な征服者の顔と、無邪気な子供のような顔、それに相手を思いやる成熟した紳士の顔。
どちらが彼の本当の顔なのだろうか。ナウシカにはわからない。
ただ時間をくれたのはありがたかった。
おかげでナウシカは最後にもう一度風の谷に帰ってくることができたのだから。
自分に手をあげた者を、無事に故郷に帰してやるなどというマネはそうそうできたものではない。
並みの権力者では無理だ。周囲の反発がある。かのトルメキアのヴ王でも同じことをするのは骨だろう。
それだけハウル帝の支配力は絶大ということだろう。それは彼がどれだけ恐れられているかも意味している。
ナウシカが風の谷に帰り着くと、一斉に周辺諸国の貴族達から手紙と使者が寄せられた。
内容は全て「成婚の祝辞」。
まだ正式に婚姻が決まってはいないことを彼らは皆知っているはずだった。
にもかかわらず、こうした手紙を送ってくる理由はひとつ。成婚を確実なものとし、自分達の保身を図るため。
わかっていたこととはいえ、かつてナウシカに熱心に言い寄ってきていた貴族達からも
同じ内容の手紙が送られてきたことには少なからずショックを受けた。
頭では彼らの狙いは風の谷であり、自分は女の族長として見縊られているからこそ求婚されるのだとわかってはいたが
それでもナウシカは年頃の娘だ。
表情と言動はとりつくろえても、情熱的でまことしやかな愛の囁きを完全に無視してしまえるほど枯れてはいない。
この人とならあるいは。そう思えた人もいる。
今の今まで彼との関係はうやむやにはしていたが、
その彼からも同じ内容の手紙が着たときにはさすがに泣きそうになってしまった。
ナウシカの心を唯一慰めてくれたのは、やはり彼女を心配してくれる彼女の民だった。
ハウル帝は地獄の貴公子。彼に愛された女性はその心臓を奪われると噂されている。
事実、ハウルに寵愛された女性は悉く怪死している。
そんな男のところに嫁ぐことになったナウシカの身を風の谷の人々は我が事のように嘆き、心配し、涙してくれた。
「大丈夫よ、みんな。私、ちゃんと生きてもう一度谷に帰ってくるから」
仮に、生きて帰れずとも、それはそれで本望だった。
愛する人々を守るためなら死んでも良い。彼女はそう考えていた。
夜も更けようという時刻、急に階下が騒がしくなった。
「姫様! 大変ですじゃ! ユパ様がっ! ユパ様が生きておられましたっ!」
駆けつけると、そこにはハウル帝の魔軍に挑み、戦死したと伝えられていたユパの姿が。
抱きつくナウシカ。
「話は聞いたぞ、ナウシカ。大変なことになっているようだな」
「ユパ様・・・私、私・・・」
「積もる話はあとにしよう。まずは私の新しい友を歓待してやってほしい」
「新しい友?」
ユパに招かれひとりの青年が前に出る。
珍しい出で立ちをした東方系の青年だ。
青年の瞳は澄み切った水のように濁りがない。
自然と共に生きている人の瞳だ。
ナウシカは谷の人以外でこんな目をした人を見たことがなかった。
「彼だ。魔軍に追い詰められたところを助けてもらった。
彼がいなければ、私は帰って来れなかっただろう」
「我が名はアシタカ。風の谷の姫よ。聡き族長として私もそなたの名は聞いている。お会いしたいと思っていた」
「ありがとう。貴方のような勇敢な方に名前を知ってもらっているだけでもとても光栄に思います。
それに私の先生を助けてくれて本当にありがとう!」
ユパ帰還の報せに谷はわいた。
状況が状況だけに祝賀を催すわけにはいかなかったが、
それでも人々は出来る限りユパとアシタカをもてなした。
「ここはいい谷だ。人々は皆活き活きとしている。人が人らしく生きていけるのは今の世では稀だ」
「命の息吹が近いからです。谷の暮らしは都に比べれば不便だわ。蟲の危険に怯え、森の瘴気に侵され。
生きていくだけでも精一杯。でも、だからこそ生きていることが素敵に思えるんです」
「私の村もそうだった。峻厳な自然と獣と共に生きる暮らし。人はたやすく死んでいく。
だからこそ、命のひとつひとつが重かった」
「仲間を愛しているのですね」
「ああ。できれば終生彼らと運命を共にしたかったが・・・」
アシタカの瞳に寂しげな色がよぎる。彼の旅には何か事情があるのだろう。
その時、ナウシカのために珍しい花を摘もうとした子供が崖から落ちかけるという事件が起きた。
子供を助ける為に、ナウシカはアシタカよりも早く、危険な崖から飛び降りた。
ふたりとも無事だったから良かったものの、危ないところだった。
ナウシカは皆から強くたしなめられた。
その温かな繋がりを見て、目を細めるアシタカにユパが話しかける。
「いいコだろう? 人のためであれば己を省みない娘なのだ。そこには打算も見返りを求める気持ちもまるでない。
そんな主君だからこそ、民は苦しくとも無条件にあのコを慕う。そういう暮らしの中に幸せがあるのだろうな。
だが・・・世は無情だ。世界はあのコには何も与えず、暴君に全てを奪わせていく」
アシタカの脳裏に様々な悲劇の光景がよぎっていく。村が荒らされ、森が焼け、命が踏みにじられていく。
「せめてあのコがハウル帝に無茶なことをせぬよう祈るばかりだ。あのコの命は重たいが、それを摘み取るのはあまりにたやすい」
アシタカは深く、何かを考えているようだった。
その晩、使者が来た。
「おーおー睨まれてる睨まれてる。こりゃ歓迎されてるねぇ」
帝国の使者、元トルメキア将校クロトワがごちる。
「馬車に石投げられないのが不思議なくらいだわ。辺境の弱小部族の連中にしちゃ肝が据わってやがる」
「だが奴等は我等に何もできまいじゃ。この馬車には恐慌の呪いがかけてある。睨むことが関の山。
石を投げるなど、恐ろしくて、とてもできたものではないはずじゃ」
向かいに座る小さな老人の名はマルクル伯。
ハウル帝の側近で、帝と同じく魔術を使うらしい。
「しかしねぇ、この谷には旧世界のガンシップがあるってぇ話でしてね。
連中、いざとなったらあれを駆り出しやしないかと気が気じゃねぇですや」
「ぐわんしっぷ? なんじゃそれは」
「空飛ぶ戦車みたいなもんです。鋼鉄の扉なんかも簡単に撃ち抜く弾を連射できる恐ろしい代物でしてね」
「なっ、そ、そんなものがあるのか。ま、まぁだいじょうぶじゃ。この馬車の壁は強いから問題ないはずじゃ」
「馬車自体は無事かもしれませんがね、あれが出てくりゃややこしいことになるのは間違いないでしょうよ。
あーあ、こういっちゃあなんですが、俺達無事に生きて帰れるかなぁ」
「なっ、なっ、そ、そんな危険な任務なのか? ただ姫を連れてくるだけではないのかじゃ?」
マルクル伯が狼狽しているのを見て、クロトワは笑いを堪えるのに必死だった。危険うんぬんは冗談だ。
谷の人々が反抗してくるはずがない。
命があるだけでもありがたい話なのに、自分達の主が皇帝の妃になるのだ。百利こそあれ一害もない。
人気のある姫だと聞いている。
名残惜しい気持ちはわからなくもないが、彼らにできることといえば精一杯怨みの気持ちをこめて馬車を睨むくらいだろう。
自分も含め、この大陸の人間は皆ハウル帝に征服されてしまったのだ。何をされても文句はいえない。
他の辺境の国と比較しても粗末の部類に入る城の門をくぐる。
睨む視線はあいかわらずだが、馬車から降りた彼らと直接目を合わせようとする者の数は減った。
クロトワとマルクル伯の引き連れる強化歩兵達の異様さのせいだ。
獣人の身体を旧世界の科学で弄り回し、歯車とオイルで動くようになった彼らの姿は魔物と呼ぶにふさわしい。
十人たらずの部隊だが、その気になれば風の谷の兵士全てを殺してのけてしまうだろう。
「よくぞ参られた使者の方々。姫がお待ちじゃ。案内申し上げる」
要人と思われる老人の声も硬い。
通された謁見の間にて正装した件の姫を見た時は、思わず感嘆の声をあげた。
「ほぉ、16と聞いていたから帝はどんな少女趣味かと思っていたが・・・なるほど、これなら無理もない。
それで・・・ナウシカ姫、ご返事は?」
「答えるまでもありません。まいりましょう、もう準備はできています」
城と村を繋ぐ橋を進む。橋の両脇には風の谷の民が並び立ち、姫の見送りをしている。
どいつもこいつも目に涙を浮かべていた。
王族を思って涙する民など見たことのないクロトワにとっては驚きだった。
なんとはなしに嫌な予感がしはじめた。
この谷の連中はトルメキアの民とは違う。
「おい御者、馬を急がせろ。早くこの国から出よう」
馬車が加速しはじめたその時、馬車の前にひとりの男が立ちはだかった。
その無謀さに全員が息を呑む。咄嗟に馬を止めてしまった御者を責める気には到底なれない。
「馬鹿野郎! どこのどいつだ! ひき殺されてぇのか!」
「我が名はアシタカ。旅の者だ。この谷の者達には一宿の恩義がある。その借りを返すために参上つかまつった」
「アシタカぁ? 変な名前の野郎だな。そんで借りがなんだってんだ」
「姫を返してもらおう。谷の者達には彼女が必要だ」
クロトワは舌を打つ。こいつは間違いなく面倒な相手だ。声音でわかる。
身体の芯に鉄の棒でも突き刺さってるかのような声の張り方だ。こういう輩はテコでも動かない。
「姫さんは我等が陛下の嫁ぎなさるんだ。てめぇも知ってるだろ。喧嘩の相手を間違えると怪我じゃすまんぜ」
「姫を返していただこう。それまで私はここを動かないつもりだ」
「ちっ・・・まいったな」
姫が小さく「アシタカさん・・・ダメ」だのなんだのつぶやいている。
兵士をけしかけようとした時、別のところから待ったが入った。
「アシタカ! ならん!」
聞き覚えのある声だ。まさか・・・
「あいつは・・剣士ユパ! 生きてやがったのか!」
「ここで争えば多くの人死にが出る。あのコは自分の身ひとつでこの谷を救おうとしているのだ。
その想いを無碍にしてはならん」
「それは違う。ユパ、彼女自身がこの谷だ。彼女はこの谷の心なのだ。。
人はただ生きているだけでは意味がない。心がなければ人は生きてはいけないのだ。
ユパよ、そして谷の人々よ。そなたたちは死にたくないがために、己の心を差し出すというのか」
「・・・・・・」
「それに」
男はこちらに目を向けると(大方姫を見てるんだろう)続けた。
「ナウシカは風だ。風を捕らえることはできない」
篝火の明かりが揺れて、男の顔がはっきりと見えた。
クロトワに戦慄がはしる。見覚えがあった。重要指名手配人物の書類にあった似顔絵だ。
男は各地で魔軍を襲撃し、多くの部隊に甚大な被害を与えたとされている。
その男がここにいる。死んだはずのユパがここにいることの理由に繋がる。
(やべぇなこりゃあ・・・)
クロトワが口八丁で場を乗り切ろうとしたその時、考えなしのマルクル伯が命令を飛ばした。
「なにをしておるのじゃ! さっさとそいつを追い払え!」
強化歩兵達は追い払うためのものとは言い難い凶悪さでアシタカに迫り、ぶんっと斧を振り下ろした。
アシタカはその刃を右手で挟みとるとと、歩兵の腕を掴み、橋から軽々と放り落としてしまった。
あまりの怪力に、その場に居合わせた誰もが目を剥く。
続けて襲いかかってきた歩兵達も殴り飛ばされ、投げ飛ばされ、同じ末路を辿った。
おお! と人々が声をあげ、アシタカを手伝おうと立ち上がりはじめた。
馬車には恐慌の呪いがかけられているはずなのに、
むしろ今やその呪いは馬車の中にいるクロトワとマルクル伯にかかっているようだった。
歩兵達はアシタカとユパ、そして谷の人々にあっという間に倒され、馬車の扉がアシタカの怪力でこじ開けられた。
「アシタカさん! それにみんな・・・!」
「姫様・・・申し訳ありませぬ・・・我らは、己の命惜しさに姫様を見捨ててしまうところでした」
「姫ねぇさま!」「姫様!」わぁわぁおいおい。
馬車から引き摺りだされ、民衆に取り囲まれるクロトワとマルクル伯。
「待った待った! 何もしないから何もするな! なっ!」
「うわぁぁ、ソフィ! 大変なことになっちゃったよぉ!」
「まったく・・・勢い助けたはいいがこれからどうするつもりだアシタカ」
「まずは谷を離れよう。婚姻が阻止されたことを知れば皇帝はすぐにも軍を差し向けてくるはずだ。
ナウシカ、君は谷の人達と逃げなさい。あとは私がなんとかする」
「どうするつもりなの?」
「これから私はトルメキアへ向かおうと思う」
「トルメキアに? 危険だわ」
「だいじょうぶ。皇帝と話をするだけだ。無闇に争うことはしないよ」
「私も連れていって。あなたひとりを危険な目には遭わせられない」
「いやナウシカ、君は彼らと共にいてほしい。彼らには君が必要だ」
あーだのこーだのでもだのなんだの
「おいおいなんだよありゃ。青春ストライクってか? 見てるこっちが恥ずかしくならぁ」
「でもカップルとしてはつまらない組み合わせだよ。
ナウシカみたいな真面目なコには僕みたいな刺激的な男の方がお似合いだと思うよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんなポルノ雑誌でしか見ないようなチャライ組み合わせ誰得だよ。
今みたいな荒んだ世の中にはああいう純愛ドラマみたいな組み合わせのほうが・・・っておお!?」
クロトワの悲鳴に一斉に視線が集まる。
「こ、皇帝陛下!」
ななんだって~グワーン!
「ハ、ハウルさん!」
「大丈夫かいマルクル? まったく、せっかく手柄をあげさせようとしてたのに。しっかりしてよね。
ああクロトワ君、君はもうクビね。君とは話が合わない」
「そ、そんなケチなことをおっしゃらないでくださいよ陛下」
「皇帝・・・」
「はは、驚かせてごめんねナウシカ。我慢できなくて迎えにきちゃったよ」
その時、ユパが電光石火でハウルに襲撃をかけたが、逆にぶっ飛ばされてしまった。
「ユパ様!!」
「ああごめん。ナウシカの知り合いだったの? たぶん無事だとは思うけど早めに手当てしたほうがいいね」
「ユパ様!」「しっかり!」「うぐぐ」
アシタカが前に進み出る。
「おまえがハウル皇帝か」
「初対面の君におまえなんて呼ばれる筋合いはないけどまぁいいや。君だれ?」
「アシタカ。彼らの友だ」
「ああそう。うん友達。ならいいんだ。ナウシカの友達ね。ふーん、うん、まぁいいや。
で、なんか用?」
「ナウシカをどうするつもりだ」
「結婚するつもりだよ。すごく僕の好みだからね」
「ナウシカにそのつもりはない」
「えっそうなの? そうなのナウシカ?」
「え・・・あ、あの」
「結婚したいってさ。ふふ、君の勘違いじゃない?」
「それはおまえが民の命を盾に脅迫しているからだろう!」
「ははは違うよ。だって僕一言も谷の人達殺すなんて言ってないもん。色々考えたほーがいいんじゃないとは言ったけどね。
色々あるでしょ。ほら、結婚したあとどこに住むとか、一緒の食事は週に何回とか、子供は何人ほしいとかさ」
「ではナウシカが断ればどうするつもりだった」
「うーん、その時はそうだね・・・ハーレムでも造ろうかな(ナウシカ見てニヤリ)」
「はーれむ? ・・・よくわからないが、それがナウシカを縛りつけているものか」
「僕は彼女を縛りつけなんてしていないよ。結婚はあくまでも彼女の意志さ」
「あのコを解き放て! あのコは人間だぞ!」
「見ればわかるよ。ああでもそういうことか。ふーん、君、ナウシカが好きなんだ?」
ナウシカびっくり。
「・・・えっ!?」
「ああ。好きだ」
「えっ! えっ!?」
「あそ。まぁそうだろうね。彼女かわいいし。全然不思議になんて思わないよ」
「おまえに引き渡すわけにはいかない」
「はいはい。それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。いいよ、それじゃあ決闘だ」
「わかった」
「あ、あの・・・アシタカさん」
「安心しなさい。私は必ず勝つ」
「いえ、あの、それは嬉しいんですけど、そうじゃなくて」
「ほら早く来なよアカハシ君。さっさと終わらせよう。僕これでけっこう忙しいんだ」
「アシタカだ。ナウシカ、待っていなさい」
「は・・・はい」 お顔真っ赤ナウシカ。
アシタカぱんぱーん! パンチパンチずきゅんずきゅーん!
ハウルごごごご! 魔法パンチ しゅいんしゅいんしゅいん!
ハウルの結界つえー! でもなに!? アシタカの右腕が結界突き破ったぞ!
無敵のハウルに一撃見舞ってぶっ飛ばした! あんびりーばぼー!
「ハウルさん!!」「わーわーさすが旦那だつえー!」
「はは、やるね。殴り飛ばされるなんて生まれてはじめてだ。驚きだよ」
「命まで取ろうとは思わない。彼女のことは諦め、帰って帝国を解体しなさい」
「君・・・どさくさにまぎれてとんでもない条件を付け加えてくるね」
「そうでもしないとおまえは何度でも彼女を手に入れるために人々を苦しめるだろう」
「ばれたか。うん、まぁね。欲しいものはなんでも我慢せずに手に入れたいタチなんだ」
「殺したくはない。手をひいてくれ」
「い・や・だ」
ハウルしゅいーん 瞬間移動! アシタカにずどーん! エリアルレイブ!
うわぁあのぐちょいのは闇の精霊だぁ! アシタカ空中受身反撃反撃!
「厄介な右腕だね。強力な呪いだ。これが君の恐るべき力の源か」
「なっ何をする!」
「治療さ。礼には及ばないよ」
右腕に複雑な魔法の紋様が! アシタカうおおおおお! ずどどどっかーん
膝を折るアシタカにハウルが近づく。
「くっ、これは・・・」
「ふぅ・・・思った以上に厄介な呪いだった。解呪はできなかったが、もう呪いに殺されることもないはずだよ」
「なに・・・!?」
たしかに右腕の疼きがない。
それどころか右腕に蛇のようにまきついていた禍々しい呪いの薄染みが消えかかっている。
「こ・・・これは・・・」
「その腕ならもう忌み人として人里を避けた生活をせずともすむ。
望むなら故郷にも帰れるだろう。それが君の望みだったんだろう?」
「・・・・・・」
「だけど」
ハウルはナウシカのとこにしゅいん!
ナウシカを抱えて空へ飛ぶ。
「もちろん彼女は僕のものになっちゃうけどね。まぁ故郷に帰りなよ。君ならいくらでもいい花嫁が見つかるさ!」
「きゃあ!」
「ナウシカ!」 「姫様!」「おお姫様ー!」「姫ねぇさま!」
「ではさらばだ諸君! 後日、改めて婚姻を宣言するから楽しみにしててくれたまえ。今年くらいは税金免除するから!」
高らか宣言するとハウルとナウシカの姿は消えてしまった。
「ナウシカぁぁ!!」
「おっとごめんマルクル忘れてた。それじゃ改めてさらば。クロトワのことは好きにしていいよ」
しゅいん! もっぺんハウルは消えた。
トラス宮。最上階寝室。
扉どーん! ベッドのうえにナウシカぽーんきゃあ!
「なっなにをするつもり!」
「警戒しなくていいよ。僕は順序を踏まないやりかたは嫌いなんだ。
この部屋が城の中で一番安全だからね。ちょっと野暮ったい部屋だけどしばらくは我慢して」
「ここは・・・どこ?」
「僕の部屋さ。くつろいでいいよ。君も疲れたでしょ。あーっとなんか飲み物あったかな?」
「あなたの部屋? じゃあここって」
「トルメキアだよ。馬車で物見しながら来てくれても良かったんだけど、早く会いたくてさ。
あーどこに何があるかわかんないや。ソフィ! ソフィいるー?」
トルメキア! 風の谷とトルメキアを一瞬で行き来したというのか。
ナウシカが驚いているとひとりの老婆が入ってきた。
「はいはい。そんなに大きな声を出さなくとも、聞こえてるわよ」
「ソフィ、困るよこの部屋。少しは女の子の好みに合うようにしておいてくれなきゃ」
「あなたが突然迎えに行くなんて言い出さなければちゃんと準備できたわよ。
まったく、人をこきつかうクセに文句ばっかり言うんだから」
「文句なんて言ってないよ。ただのリクエストさ。僕の気持ちがわかったほうがソフィも働きやすいだろう?」
「ええええ、そうね。気持ちよく、ええ、気持ちよく働きたいもんだわ。
だから次からはちゃんと事前に相談して。
あなたは王様なのよ。あなたの急な思いつきでみーんな迷惑するんだから」
「ああもうわかったよ。次からはまずソフィに相談する。
わかったから、彼女に何か出してあげて。きっとノドとか乾いてるとおもうから」
「はいはい、ちょっと待ってて」
老婆は押してきたワゴンに載せていた茶器をテーブルに並べ、お茶の用意をする。
「ソフィの淹れる紅茶は美味しいよ。何かあれば彼女が全て世話してくれる。
ソフィ、僕は雑事があるから彼女のこと頼むよ」
「はいはい。いってらっしゃい皇帝陛下」
ハウルは風のようにさっさと部屋を立ち去る。
「あなたがナウシカさんね。ごめんなさいね、ハウルが迷惑をかけて。
悪い人じゃないんだけど子供みたいな人だから」
「いえ・・・」
迷惑をかけられていないとは到底いえないので、それ以上答えず、紅茶の注がれたカップを口に運ぶ。
「・・・美味しい」
「そういってもらえて嬉しいわ。
出来る限り不自由はないようにさせてもらうから、何でも言ってちょうだいね」
実際、不自由はまるでなかった。
ソフィは腕のいい家政婦で、話し相手としても楽しかった。
ハウルも足繁く部屋を訪れたが、
来るたびに珍奇な品や花、装飾品をプレゼントされるのには困った。
特に高価な物に関しては絶対に受け取らずにいたが
ナウシカに「受け取れない」と拒否されるたびにハウルはえらく傷ついた顔をした。
その顔がなんとはなしにかわいくて、よくソフィと笑いあったものだ。
地獄の貴公子ともいわれた暴帝の下での日々は想像していたよりも平和だった。
風の谷の皆のこともとりあえずは心配なさそうだった。
ナウシカはここに来てすぐに、民の無事を嘆願したが、
出る際のいざこざにも関わらずハウルはそれをすんなり聞き入れた。
奇妙な男だが、存外懐が広いのかもしれない。
ともあれ、彼は暴帝だ。
なにがきっかけで機嫌を損ね、ナウシカを殺そうとするかわからない。
ナウシカはハウルが来るたびに緊張していたが、
ハウルは毎度浮かれたように、大聖堂がどうとか指輪がどうとか料理だの楽隊だのがどうしただとか、結婚式の話しかしてこない。
次第にナウシカは馬鹿馬鹿しくなってきて、話を適当に聞き流すようになっていた。
「ねぇナウシカ・・・ナウシカったら! 僕達の式の話なのに、君ちゃんと僕の話聞いてるの?」
「聞いてるわ。全部あなたの言う通りでいいと思う」
「全然聞いてないよ! 僕今すごく変なことを言ったんだよ!?
神父役をトトロに任せるなんてどう考えても変じゃないか!
ぶあああ!なんて叫び声だけで式を進行するなんて不可能だよ!」
「それでいいと思う。全部任せるわ」
「ハウル、ナウシカさんがいいとおっしゃってるんならそれでいいじゃない。
早く仕事に戻ったら?」
「ソフィまで! ありえないよ! 絶対ありえない!
ナウシカ、結婚式は一生に一度の一大イベントなんだよ。
僕達にとって思い出深いものにしたくないの?」
「トトロでいいわ。好きにして」
「もう!! 知らないからね!! 後悔しても知らないからね!!!」
ずかずかばーん
「・・・変な人ですね、皇帝陛下って」
「ええ。変なの。前から変だったんだけどこの頃ますます変になっちゃって手に負えないわ」
「陛下とは長いお付き合いなんですか?」
「そうねぇ、長いわ・・・すごく長い。この世界に来る前からのことだから本当に気が遠くなるほど、
昔からの付き合いよ」
ソフィはつとつとと語りだす。
「・・・あのひとはね、心をなくしちゃったの。それを取り戻したくって色んな世界を旅して回ったけど
どこにも見つからないの。かわいそうに。あの人、今じゃ自分で自分がよくわからなくなってるんだわ」
「でもだからって人々を苦しめていいことにはならないわ」
「ええそうね。本当にそう。ごめんなさい、ナウシカさん。
私にチカラがあれば・・・あのひとの心を見つけてあげられればあのひとにも、みんなにも迷惑をかけずにすんだのに」
悲しそうな声のソフィを見てナウシカは驚いた。
老婆であったはずのソフィが美しく若返っていた。
ソフィの皺だらけだった肌は瑞々しく張りを取り戻している。その手の甲に涙が一粒落ちたが
本人は自分が若返っていることには気付いていないようだった。
ソフィが目元を指で拭った時には、元の老婆に戻っていた。
「ナウシカさん、安心して。あなたがハウルのせいで危険な目に遭いそうな時には
私があなたを守るから」
その言葉の響きの暗さにナウシカはソフィが心配になった。
風の谷の族長ジルが病没し、娘のナウシカが跡を継ぐこととなる。
周辺諸国の貴族達はこの若く美しい族長と風の谷を求めてこぞって求婚したが
ナウシカはそれを悉く固辞。周辺諸国との関係は微妙に気まずいものとなっていた。
そんな中、酸の海の彼方から暴帝ハウル率いる魔の軍団が押し寄せる。
各国は連合を組みこれと戦うも、未知の力を使うハウル帝の前では全くの無力。
開戦半年後にはトルメキアの首都トラスまでもが陥落、連合は無条件降服を宣言した。
集めた各国貴族の前でハウル帝は『僕の僕による僕のための大ハーレム造営計画』を打ち出す。
内容は明快で『男は皆殺し』『女は綺麗どころだけ残して皆殺し』というものだった。
抗議の声をあげるものは誰もいない。
貴族達はどうすれば自分達だけでも助かるか、必死に考えていた。
その時、ひとりの姫が席から立ち上がり、ずかずかとハウル帝に近づくといきなりほっぺたぱぁーん!
「あなたは人の命をなんだと思っているの! 恥を知りなさい!」
もちろんそれはナウシカばばーん!
慌てて兵士がナウシカを取り押さえようとするが、ハウル帝が一喝して兵をさがらせる。
彼はナウシカの手を取り、ひざまずいてキスをした。
「素晴らしい。君こそ我が妃にふさわしい」「・・・えっ?」
「諸君聞きたまえ。ハーレム造営はとりやめる。私は今妃を得た。・・・えっと君、名前は?」
「ナ、ナウシカ」
「綺麗な名前だね。君によく似合っている。
諸君、ナウシカだ。来週には式を挙げるから各領地に戻り、私とナウシカを祝福する準備をしてきてくれ。以上」
ざわわざわざわ
「皇帝・・・何を考えているの」
「こわがらないでナウシカ。僕は本気だ。君のことが気に入った。それだけだよ」
「そっ、そんなこと急にいわれても」
「だいじょうぶ。僕はいい夫になるよ。欲しいものならなんだってあげるし、浮気だって・・・まぁなるべくしない。
君がやめてほしいなら戦争だってやめるよ」
「戦争を・・・やめる? 人々には手を出さないと誓うの?」
「誓うよ。別に殺しまわったってあんまり得することなんてないしね。さっきのハーレムは僕なりのジョークさ。
思ったよりウケが悪くて焦ったよ。君がつっこんでくれて助かった。
まぁ・・・貴族達が貢物を持って自分達の助命を願い出てきたときは・・・色々考えたかもしれない」
「色々?」
「色々さ。わかるね、ナウシカ。君が僕と結婚してくれない時は・・・その時は、やっぱり僕なりに色々考えることになる」
「・・・・・・」
「一週間待つから君は君で考えてきてほしい。いい返事を前提に準備するよ。ははは楽しみだな。
返事の手紙には君の好みとかも教えてくれると助かるよ。君と僕の式なんだ。こういうのはふたりで考えないとね」
老婆がそれを遠くから見て溜め息。
「まったくハウルったら。本当に節操がないんだから」
風の谷の城。
ハウル帝に求婚されてから5日。明日には使者がやってくる。
ナウシカの心はハウルから求婚された時には決まっていた。
自分の身ひとつで多くの人の命を救えるのなら、悩むことはなにもない。
ナウシカはその場で返事をするつもりだったのだが、ハウル帝は時間をくれた。
ハウル帝は妙な男だ。
残酷な征服者の顔と、無邪気な子供のような顔、それに相手を思いやる成熟した紳士の顔。
どちらが彼の本当の顔なのだろうか。ナウシカにはわからない。
ただ時間をくれたのはありがたかった。
おかげでナウシカは最後にもう一度風の谷に帰ってくることができたのだから。
自分に手をあげた者を、無事に故郷に帰してやるなどというマネはそうそうできたものではない。
並みの権力者では無理だ。周囲の反発がある。かのトルメキアのヴ王でも同じことをするのは骨だろう。
それだけハウル帝の支配力は絶大ということだろう。それは彼がどれだけ恐れられているかも意味している。
ナウシカが風の谷に帰り着くと、一斉に周辺諸国の貴族達から手紙と使者が寄せられた。
内容は全て「成婚の祝辞」。
まだ正式に婚姻が決まってはいないことを彼らは皆知っているはずだった。
にもかかわらず、こうした手紙を送ってくる理由はひとつ。成婚を確実なものとし、自分達の保身を図るため。
わかっていたこととはいえ、かつてナウシカに熱心に言い寄ってきていた貴族達からも
同じ内容の手紙が送られてきたことには少なからずショックを受けた。
頭では彼らの狙いは風の谷であり、自分は女の族長として見縊られているからこそ求婚されるのだとわかってはいたが
それでもナウシカは年頃の娘だ。
表情と言動はとりつくろえても、情熱的でまことしやかな愛の囁きを完全に無視してしまえるほど枯れてはいない。
この人とならあるいは。そう思えた人もいる。
今の今まで彼との関係はうやむやにはしていたが、
その彼からも同じ内容の手紙が着たときにはさすがに泣きそうになってしまった。
ナウシカの心を唯一慰めてくれたのは、やはり彼女を心配してくれる彼女の民だった。
ハウル帝は地獄の貴公子。彼に愛された女性はその心臓を奪われると噂されている。
事実、ハウルに寵愛された女性は悉く怪死している。
そんな男のところに嫁ぐことになったナウシカの身を風の谷の人々は我が事のように嘆き、心配し、涙してくれた。
「大丈夫よ、みんな。私、ちゃんと生きてもう一度谷に帰ってくるから」
仮に、生きて帰れずとも、それはそれで本望だった。
愛する人々を守るためなら死んでも良い。彼女はそう考えていた。
夜も更けようという時刻、急に階下が騒がしくなった。
「姫様! 大変ですじゃ! ユパ様がっ! ユパ様が生きておられましたっ!」
駆けつけると、そこにはハウル帝の魔軍に挑み、戦死したと伝えられていたユパの姿が。
抱きつくナウシカ。
「話は聞いたぞ、ナウシカ。大変なことになっているようだな」
「ユパ様・・・私、私・・・」
「積もる話はあとにしよう。まずは私の新しい友を歓待してやってほしい」
「新しい友?」
ユパに招かれひとりの青年が前に出る。
珍しい出で立ちをした東方系の青年だ。
青年の瞳は澄み切った水のように濁りがない。
自然と共に生きている人の瞳だ。
ナウシカは谷の人以外でこんな目をした人を見たことがなかった。
「彼だ。魔軍に追い詰められたところを助けてもらった。
彼がいなければ、私は帰って来れなかっただろう」
「我が名はアシタカ。風の谷の姫よ。聡き族長として私もそなたの名は聞いている。お会いしたいと思っていた」
「ありがとう。貴方のような勇敢な方に名前を知ってもらっているだけでもとても光栄に思います。
それに私の先生を助けてくれて本当にありがとう!」
ユパ帰還の報せに谷はわいた。
状況が状況だけに祝賀を催すわけにはいかなかったが、
それでも人々は出来る限りユパとアシタカをもてなした。
「ここはいい谷だ。人々は皆活き活きとしている。人が人らしく生きていけるのは今の世では稀だ」
「命の息吹が近いからです。谷の暮らしは都に比べれば不便だわ。蟲の危険に怯え、森の瘴気に侵され。
生きていくだけでも精一杯。でも、だからこそ生きていることが素敵に思えるんです」
「私の村もそうだった。峻厳な自然と獣と共に生きる暮らし。人はたやすく死んでいく。
だからこそ、命のひとつひとつが重かった」
「仲間を愛しているのですね」
「ああ。できれば終生彼らと運命を共にしたかったが・・・」
アシタカの瞳に寂しげな色がよぎる。彼の旅には何か事情があるのだろう。
その時、ナウシカのために珍しい花を摘もうとした子供が崖から落ちかけるという事件が起きた。
子供を助ける為に、ナウシカはアシタカよりも早く、危険な崖から飛び降りた。
ふたりとも無事だったから良かったものの、危ないところだった。
ナウシカは皆から強くたしなめられた。
その温かな繋がりを見て、目を細めるアシタカにユパが話しかける。
「いいコだろう? 人のためであれば己を省みない娘なのだ。そこには打算も見返りを求める気持ちもまるでない。
そんな主君だからこそ、民は苦しくとも無条件にあのコを慕う。そういう暮らしの中に幸せがあるのだろうな。
だが・・・世は無情だ。世界はあのコには何も与えず、暴君に全てを奪わせていく」
アシタカの脳裏に様々な悲劇の光景がよぎっていく。村が荒らされ、森が焼け、命が踏みにじられていく。
「せめてあのコがハウル帝に無茶なことをせぬよう祈るばかりだ。あのコの命は重たいが、それを摘み取るのはあまりにたやすい」
アシタカは深く、何かを考えているようだった。
その晩、使者が来た。
「おーおー睨まれてる睨まれてる。こりゃ歓迎されてるねぇ」
帝国の使者、元トルメキア将校クロトワがごちる。
「馬車に石投げられないのが不思議なくらいだわ。辺境の弱小部族の連中にしちゃ肝が据わってやがる」
「だが奴等は我等に何もできまいじゃ。この馬車には恐慌の呪いがかけてある。睨むことが関の山。
石を投げるなど、恐ろしくて、とてもできたものではないはずじゃ」
向かいに座る小さな老人の名はマルクル伯。
ハウル帝の側近で、帝と同じく魔術を使うらしい。
「しかしねぇ、この谷には旧世界のガンシップがあるってぇ話でしてね。
連中、いざとなったらあれを駆り出しやしないかと気が気じゃねぇですや」
「ぐわんしっぷ? なんじゃそれは」
「空飛ぶ戦車みたいなもんです。鋼鉄の扉なんかも簡単に撃ち抜く弾を連射できる恐ろしい代物でしてね」
「なっ、そ、そんなものがあるのか。ま、まぁだいじょうぶじゃ。この馬車の壁は強いから問題ないはずじゃ」
「馬車自体は無事かもしれませんがね、あれが出てくりゃややこしいことになるのは間違いないでしょうよ。
あーあ、こういっちゃあなんですが、俺達無事に生きて帰れるかなぁ」
「なっ、なっ、そ、そんな危険な任務なのか? ただ姫を連れてくるだけではないのかじゃ?」
マルクル伯が狼狽しているのを見て、クロトワは笑いを堪えるのに必死だった。危険うんぬんは冗談だ。
谷の人々が反抗してくるはずがない。
命があるだけでもありがたい話なのに、自分達の主が皇帝の妃になるのだ。百利こそあれ一害もない。
人気のある姫だと聞いている。
名残惜しい気持ちはわからなくもないが、彼らにできることといえば精一杯怨みの気持ちをこめて馬車を睨むくらいだろう。
自分も含め、この大陸の人間は皆ハウル帝に征服されてしまったのだ。何をされても文句はいえない。
他の辺境の国と比較しても粗末の部類に入る城の門をくぐる。
睨む視線はあいかわらずだが、馬車から降りた彼らと直接目を合わせようとする者の数は減った。
クロトワとマルクル伯の引き連れる強化歩兵達の異様さのせいだ。
獣人の身体を旧世界の科学で弄り回し、歯車とオイルで動くようになった彼らの姿は魔物と呼ぶにふさわしい。
十人たらずの部隊だが、その気になれば風の谷の兵士全てを殺してのけてしまうだろう。
「よくぞ参られた使者の方々。姫がお待ちじゃ。案内申し上げる」
要人と思われる老人の声も硬い。
通された謁見の間にて正装した件の姫を見た時は、思わず感嘆の声をあげた。
「ほぉ、16と聞いていたから帝はどんな少女趣味かと思っていたが・・・なるほど、これなら無理もない。
それで・・・ナウシカ姫、ご返事は?」
「答えるまでもありません。まいりましょう、もう準備はできています」
城と村を繋ぐ橋を進む。橋の両脇には風の谷の民が並び立ち、姫の見送りをしている。
どいつもこいつも目に涙を浮かべていた。
王族を思って涙する民など見たことのないクロトワにとっては驚きだった。
なんとはなしに嫌な予感がしはじめた。
この谷の連中はトルメキアの民とは違う。
「おい御者、馬を急がせろ。早くこの国から出よう」
馬車が加速しはじめたその時、馬車の前にひとりの男が立ちはだかった。
その無謀さに全員が息を呑む。咄嗟に馬を止めてしまった御者を責める気には到底なれない。
「馬鹿野郎! どこのどいつだ! ひき殺されてぇのか!」
「我が名はアシタカ。旅の者だ。この谷の者達には一宿の恩義がある。その借りを返すために参上つかまつった」
「アシタカぁ? 変な名前の野郎だな。そんで借りがなんだってんだ」
「姫を返してもらおう。谷の者達には彼女が必要だ」
クロトワは舌を打つ。こいつは間違いなく面倒な相手だ。声音でわかる。
身体の芯に鉄の棒でも突き刺さってるかのような声の張り方だ。こういう輩はテコでも動かない。
「姫さんは我等が陛下の嫁ぎなさるんだ。てめぇも知ってるだろ。喧嘩の相手を間違えると怪我じゃすまんぜ」
「姫を返していただこう。それまで私はここを動かないつもりだ」
「ちっ・・・まいったな」
姫が小さく「アシタカさん・・・ダメ」だのなんだのつぶやいている。
兵士をけしかけようとした時、別のところから待ったが入った。
「アシタカ! ならん!」
聞き覚えのある声だ。まさか・・・
「あいつは・・剣士ユパ! 生きてやがったのか!」
「ここで争えば多くの人死にが出る。あのコは自分の身ひとつでこの谷を救おうとしているのだ。
その想いを無碍にしてはならん」
「それは違う。ユパ、彼女自身がこの谷だ。彼女はこの谷の心なのだ。。
人はただ生きているだけでは意味がない。心がなければ人は生きてはいけないのだ。
ユパよ、そして谷の人々よ。そなたたちは死にたくないがために、己の心を差し出すというのか」
「・・・・・・」
「それに」
男はこちらに目を向けると(大方姫を見てるんだろう)続けた。
「ナウシカは風だ。風を捕らえることはできない」
篝火の明かりが揺れて、男の顔がはっきりと見えた。
クロトワに戦慄がはしる。見覚えがあった。重要指名手配人物の書類にあった似顔絵だ。
男は各地で魔軍を襲撃し、多くの部隊に甚大な被害を与えたとされている。
その男がここにいる。死んだはずのユパがここにいることの理由に繋がる。
(やべぇなこりゃあ・・・)
クロトワが口八丁で場を乗り切ろうとしたその時、考えなしのマルクル伯が命令を飛ばした。
「なにをしておるのじゃ! さっさとそいつを追い払え!」
強化歩兵達は追い払うためのものとは言い難い凶悪さでアシタカに迫り、ぶんっと斧を振り下ろした。
アシタカはその刃を右手で挟みとるとと、歩兵の腕を掴み、橋から軽々と放り落としてしまった。
あまりの怪力に、その場に居合わせた誰もが目を剥く。
続けて襲いかかってきた歩兵達も殴り飛ばされ、投げ飛ばされ、同じ末路を辿った。
おお! と人々が声をあげ、アシタカを手伝おうと立ち上がりはじめた。
馬車には恐慌の呪いがかけられているはずなのに、
むしろ今やその呪いは馬車の中にいるクロトワとマルクル伯にかかっているようだった。
歩兵達はアシタカとユパ、そして谷の人々にあっという間に倒され、馬車の扉がアシタカの怪力でこじ開けられた。
「アシタカさん! それにみんな・・・!」
「姫様・・・申し訳ありませぬ・・・我らは、己の命惜しさに姫様を見捨ててしまうところでした」
「姫ねぇさま!」「姫様!」わぁわぁおいおい。
馬車から引き摺りだされ、民衆に取り囲まれるクロトワとマルクル伯。
「待った待った! 何もしないから何もするな! なっ!」
「うわぁぁ、ソフィ! 大変なことになっちゃったよぉ!」
「まったく・・・勢い助けたはいいがこれからどうするつもりだアシタカ」
「まずは谷を離れよう。婚姻が阻止されたことを知れば皇帝はすぐにも軍を差し向けてくるはずだ。
ナウシカ、君は谷の人達と逃げなさい。あとは私がなんとかする」
「どうするつもりなの?」
「これから私はトルメキアへ向かおうと思う」
「トルメキアに? 危険だわ」
「だいじょうぶ。皇帝と話をするだけだ。無闇に争うことはしないよ」
「私も連れていって。あなたひとりを危険な目には遭わせられない」
「いやナウシカ、君は彼らと共にいてほしい。彼らには君が必要だ」
あーだのこーだのでもだのなんだの
「おいおいなんだよありゃ。青春ストライクってか? 見てるこっちが恥ずかしくならぁ」
「でもカップルとしてはつまらない組み合わせだよ。
ナウシカみたいな真面目なコには僕みたいな刺激的な男の方がお似合いだと思うよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。そんなポルノ雑誌でしか見ないようなチャライ組み合わせ誰得だよ。
今みたいな荒んだ世の中にはああいう純愛ドラマみたいな組み合わせのほうが・・・っておお!?」
クロトワの悲鳴に一斉に視線が集まる。
「こ、皇帝陛下!」
ななんだって~グワーン!
「ハ、ハウルさん!」
「大丈夫かいマルクル? まったく、せっかく手柄をあげさせようとしてたのに。しっかりしてよね。
ああクロトワ君、君はもうクビね。君とは話が合わない」
「そ、そんなケチなことをおっしゃらないでくださいよ陛下」
「皇帝・・・」
「はは、驚かせてごめんねナウシカ。我慢できなくて迎えにきちゃったよ」
その時、ユパが電光石火でハウルに襲撃をかけたが、逆にぶっ飛ばされてしまった。
「ユパ様!!」
「ああごめん。ナウシカの知り合いだったの? たぶん無事だとは思うけど早めに手当てしたほうがいいね」
「ユパ様!」「しっかり!」「うぐぐ」
アシタカが前に進み出る。
「おまえがハウル皇帝か」
「初対面の君におまえなんて呼ばれる筋合いはないけどまぁいいや。君だれ?」
「アシタカ。彼らの友だ」
「ああそう。うん友達。ならいいんだ。ナウシカの友達ね。ふーん、うん、まぁいいや。
で、なんか用?」
「ナウシカをどうするつもりだ」
「結婚するつもりだよ。すごく僕の好みだからね」
「ナウシカにそのつもりはない」
「えっそうなの? そうなのナウシカ?」
「え・・・あ、あの」
「結婚したいってさ。ふふ、君の勘違いじゃない?」
「それはおまえが民の命を盾に脅迫しているからだろう!」
「ははは違うよ。だって僕一言も谷の人達殺すなんて言ってないもん。色々考えたほーがいいんじゃないとは言ったけどね。
色々あるでしょ。ほら、結婚したあとどこに住むとか、一緒の食事は週に何回とか、子供は何人ほしいとかさ」
「ではナウシカが断ればどうするつもりだった」
「うーん、その時はそうだね・・・ハーレムでも造ろうかな(ナウシカ見てニヤリ)」
「はーれむ? ・・・よくわからないが、それがナウシカを縛りつけているものか」
「僕は彼女を縛りつけなんてしていないよ。結婚はあくまでも彼女の意志さ」
「あのコを解き放て! あのコは人間だぞ!」
「見ればわかるよ。ああでもそういうことか。ふーん、君、ナウシカが好きなんだ?」
ナウシカびっくり。
「・・・えっ!?」
「ああ。好きだ」
「えっ! えっ!?」
「あそ。まぁそうだろうね。彼女かわいいし。全然不思議になんて思わないよ」
「おまえに引き渡すわけにはいかない」
「はいはい。それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。いいよ、それじゃあ決闘だ」
「わかった」
「あ、あの・・・アシタカさん」
「安心しなさい。私は必ず勝つ」
「いえ、あの、それは嬉しいんですけど、そうじゃなくて」
「ほら早く来なよアカハシ君。さっさと終わらせよう。僕これでけっこう忙しいんだ」
「アシタカだ。ナウシカ、待っていなさい」
「は・・・はい」 お顔真っ赤ナウシカ。
アシタカぱんぱーん! パンチパンチずきゅんずきゅーん!
ハウルごごごご! 魔法パンチ しゅいんしゅいんしゅいん!
ハウルの結界つえー! でもなに!? アシタカの右腕が結界突き破ったぞ!
無敵のハウルに一撃見舞ってぶっ飛ばした! あんびりーばぼー!
「ハウルさん!!」「わーわーさすが旦那だつえー!」
「はは、やるね。殴り飛ばされるなんて生まれてはじめてだ。驚きだよ」
「命まで取ろうとは思わない。彼女のことは諦め、帰って帝国を解体しなさい」
「君・・・どさくさにまぎれてとんでもない条件を付け加えてくるね」
「そうでもしないとおまえは何度でも彼女を手に入れるために人々を苦しめるだろう」
「ばれたか。うん、まぁね。欲しいものはなんでも我慢せずに手に入れたいタチなんだ」
「殺したくはない。手をひいてくれ」
「い・や・だ」
ハウルしゅいーん 瞬間移動! アシタカにずどーん! エリアルレイブ!
うわぁあのぐちょいのは闇の精霊だぁ! アシタカ空中受身反撃反撃!
「厄介な右腕だね。強力な呪いだ。これが君の恐るべき力の源か」
「なっ何をする!」
「治療さ。礼には及ばないよ」
右腕に複雑な魔法の紋様が! アシタカうおおおおお! ずどどどっかーん
膝を折るアシタカにハウルが近づく。
「くっ、これは・・・」
「ふぅ・・・思った以上に厄介な呪いだった。解呪はできなかったが、もう呪いに殺されることもないはずだよ」
「なに・・・!?」
たしかに右腕の疼きがない。
それどころか右腕に蛇のようにまきついていた禍々しい呪いの薄染みが消えかかっている。
「こ・・・これは・・・」
「その腕ならもう忌み人として人里を避けた生活をせずともすむ。
望むなら故郷にも帰れるだろう。それが君の望みだったんだろう?」
「・・・・・・」
「だけど」
ハウルはナウシカのとこにしゅいん!
ナウシカを抱えて空へ飛ぶ。
「もちろん彼女は僕のものになっちゃうけどね。まぁ故郷に帰りなよ。君ならいくらでもいい花嫁が見つかるさ!」
「きゃあ!」
「ナウシカ!」 「姫様!」「おお姫様ー!」「姫ねぇさま!」
「ではさらばだ諸君! 後日、改めて婚姻を宣言するから楽しみにしててくれたまえ。今年くらいは税金免除するから!」
高らか宣言するとハウルとナウシカの姿は消えてしまった。
「ナウシカぁぁ!!」
「おっとごめんマルクル忘れてた。それじゃ改めてさらば。クロトワのことは好きにしていいよ」
しゅいん! もっぺんハウルは消えた。
トラス宮。最上階寝室。
扉どーん! ベッドのうえにナウシカぽーんきゃあ!
「なっなにをするつもり!」
「警戒しなくていいよ。僕は順序を踏まないやりかたは嫌いなんだ。
この部屋が城の中で一番安全だからね。ちょっと野暮ったい部屋だけどしばらくは我慢して」
「ここは・・・どこ?」
「僕の部屋さ。くつろいでいいよ。君も疲れたでしょ。あーっとなんか飲み物あったかな?」
「あなたの部屋? じゃあここって」
「トルメキアだよ。馬車で物見しながら来てくれても良かったんだけど、早く会いたくてさ。
あーどこに何があるかわかんないや。ソフィ! ソフィいるー?」
トルメキア! 風の谷とトルメキアを一瞬で行き来したというのか。
ナウシカが驚いているとひとりの老婆が入ってきた。
「はいはい。そんなに大きな声を出さなくとも、聞こえてるわよ」
「ソフィ、困るよこの部屋。少しは女の子の好みに合うようにしておいてくれなきゃ」
「あなたが突然迎えに行くなんて言い出さなければちゃんと準備できたわよ。
まったく、人をこきつかうクセに文句ばっかり言うんだから」
「文句なんて言ってないよ。ただのリクエストさ。僕の気持ちがわかったほうがソフィも働きやすいだろう?」
「ええええ、そうね。気持ちよく、ええ、気持ちよく働きたいもんだわ。
だから次からはちゃんと事前に相談して。
あなたは王様なのよ。あなたの急な思いつきでみーんな迷惑するんだから」
「ああもうわかったよ。次からはまずソフィに相談する。
わかったから、彼女に何か出してあげて。きっとノドとか乾いてるとおもうから」
「はいはい、ちょっと待ってて」
老婆は押してきたワゴンに載せていた茶器をテーブルに並べ、お茶の用意をする。
「ソフィの淹れる紅茶は美味しいよ。何かあれば彼女が全て世話してくれる。
ソフィ、僕は雑事があるから彼女のこと頼むよ」
「はいはい。いってらっしゃい皇帝陛下」
ハウルは風のようにさっさと部屋を立ち去る。
「あなたがナウシカさんね。ごめんなさいね、ハウルが迷惑をかけて。
悪い人じゃないんだけど子供みたいな人だから」
「いえ・・・」
迷惑をかけられていないとは到底いえないので、それ以上答えず、紅茶の注がれたカップを口に運ぶ。
「・・・美味しい」
「そういってもらえて嬉しいわ。
出来る限り不自由はないようにさせてもらうから、何でも言ってちょうだいね」
実際、不自由はまるでなかった。
ソフィは腕のいい家政婦で、話し相手としても楽しかった。
ハウルも足繁く部屋を訪れたが、
来るたびに珍奇な品や花、装飾品をプレゼントされるのには困った。
特に高価な物に関しては絶対に受け取らずにいたが
ナウシカに「受け取れない」と拒否されるたびにハウルはえらく傷ついた顔をした。
その顔がなんとはなしにかわいくて、よくソフィと笑いあったものだ。
地獄の貴公子ともいわれた暴帝の下での日々は想像していたよりも平和だった。
風の谷の皆のこともとりあえずは心配なさそうだった。
ナウシカはここに来てすぐに、民の無事を嘆願したが、
出る際のいざこざにも関わらずハウルはそれをすんなり聞き入れた。
奇妙な男だが、存外懐が広いのかもしれない。
ともあれ、彼は暴帝だ。
なにがきっかけで機嫌を損ね、ナウシカを殺そうとするかわからない。
ナウシカはハウルが来るたびに緊張していたが、
ハウルは毎度浮かれたように、大聖堂がどうとか指輪がどうとか料理だの楽隊だのがどうしただとか、結婚式の話しかしてこない。
次第にナウシカは馬鹿馬鹿しくなってきて、話を適当に聞き流すようになっていた。
「ねぇナウシカ・・・ナウシカったら! 僕達の式の話なのに、君ちゃんと僕の話聞いてるの?」
「聞いてるわ。全部あなたの言う通りでいいと思う」
「全然聞いてないよ! 僕今すごく変なことを言ったんだよ!?
神父役をトトロに任せるなんてどう考えても変じゃないか!
ぶあああ!なんて叫び声だけで式を進行するなんて不可能だよ!」
「それでいいと思う。全部任せるわ」
「ハウル、ナウシカさんがいいとおっしゃってるんならそれでいいじゃない。
早く仕事に戻ったら?」
「ソフィまで! ありえないよ! 絶対ありえない!
ナウシカ、結婚式は一生に一度の一大イベントなんだよ。
僕達にとって思い出深いものにしたくないの?」
「トトロでいいわ。好きにして」
「もう!! 知らないからね!! 後悔しても知らないからね!!!」
ずかずかばーん
「・・・変な人ですね、皇帝陛下って」
「ええ。変なの。前から変だったんだけどこの頃ますます変になっちゃって手に負えないわ」
「陛下とは長いお付き合いなんですか?」
「そうねぇ、長いわ・・・すごく長い。この世界に来る前からのことだから本当に気が遠くなるほど、
昔からの付き合いよ」
ソフィはつとつとと語りだす。
「・・・あのひとはね、心をなくしちゃったの。それを取り戻したくって色んな世界を旅して回ったけど
どこにも見つからないの。かわいそうに。あの人、今じゃ自分で自分がよくわからなくなってるんだわ」
「でもだからって人々を苦しめていいことにはならないわ」
「ええそうね。本当にそう。ごめんなさい、ナウシカさん。
私にチカラがあれば・・・あのひとの心を見つけてあげられればあのひとにも、みんなにも迷惑をかけずにすんだのに」
悲しそうな声のソフィを見てナウシカは驚いた。
老婆であったはずのソフィが美しく若返っていた。
ソフィの皺だらけだった肌は瑞々しく張りを取り戻している。その手の甲に涙が一粒落ちたが
本人は自分が若返っていることには気付いていないようだった。
ソフィが目元を指で拭った時には、元の老婆に戻っていた。
「ナウシカさん、安心して。あなたがハウルのせいで危険な目に遭いそうな時には
私があなたを守るから」
その言葉の響きの暗さにナウシカはソフィが心配になった。
