今、ご飯食べてるの」
「あ、今、トイレ入ったとこ」
「朝刊が来たよ。あんたんとこは?え?読売?うち朝日。ね、一面トップ、そっちは何?うーん、紙風の違いが如実ね。見出し読んでみてよ」と実況中継をやっている。
向こうでも、コーヒーをいれただの、夜が明けてきただのと実況中継している。

中略

「ねえねえ、そのうちにインカム式の携帯用超小型電話ってできると、おもしろいわね。超小型だから、着装しても目立たなくて、口元に絹糸並みの送話機がちらっと見えるだけなのよ。みんな、日常生活でも、それを着装するのが普通になって、街を歩くときも食事してるときも、終始ぶつぶつ言ってるの。集音効果が抜群だから、呟いたり囁いたりするだけで、通話できるのよ。今よりもっと、排他的な世の中になるわね。日常生活してるときも現実無視して、興味のある人としかしゃべってないんだもん。うーん、世紀末的」

世紀末的、という感想からも分かるとおり、この文章が書かれたのは前世紀。1987年。著者は氷室冴子。


— twitterで「なう」を多用するオタクは「ふたなり」である - NOW HERE