渡口(とぐち)のティラ | 沖縄の裏探検

渡口(とぐち)のティラ



北中城(きたなかぐすく)村字渡口の北側に渡口のティラと呼ばれる拝所があります。
渡口は北中城高校の裏手にある畑地にあって、国道329号から細い路地を入った場所にあります。


路地を進んで行くと右手に広場が見えてきます。その広場の奥に渡口のティラがあります。
拝所はこちら側からは背後になっています。


回り込むとこの様な石積みで造られています。


隣接する中城(なかぐすく)村には安里(あさと)のテラと呼ばれる似た拝所がありますが、安里のテラが瓦葺きの屋根を持つのに対してこちらには石積みの屋根になっています。


屋根の頂上に宝珠を乗せているのが特徴となっています。


内部の正面にニービ(砂岩)の霊石が4つ置かれています。


天井は石板を渡して支えています。


拝所の正面から前を見ると草地となっています。元々はこの辺りに村があったのかも知れません。

渡口のティラは和仁屋間(わにやま、今の読み方は、わにま)の寺、浜崎の寺、テラモーヌメー、ワナマヌティラ等と様々に呼ばれています。
琉球國由来記には『和仁屋間神社』と記されています。中の霊石は『推明旧(おしあけきょう)』、『笑旧(わらいきょう)』、『威部司(いべつかさ)』、『寄旧加那志(よりきょうがなし)』という神名となっています。

琉球國由来記にこの拝所の由来も書いてあります。
昔、渡口村に住んでいた高時(人名)という人が一つの変わった形の霊石を得てこれを尊んで宮を建てて安置したとされており、祭祀は竈与儀(かまどぅよぎ)という人物が代々の責任者であるとされています。

また渡口に伝わる話では、泊大屋子(とまりうふやく)が海にいると波に黒い石が浮いていました。よく見ると妊婦の様な不思議な形をしていました。
この石を渡口の浜に引き揚げて祀り、浜崎の寺としたところ渡口村は栄えたという事です。

渡口では旧暦9月9日にクングヮチャーとして拝されており、隣の熱田(あった)集落では旧暦6月25日にウハチ(御初穂)に拝されています。
流れてきた石が妊婦の形をしていたというところからきたのか、子宝祈願や子孫繁栄として各地からも参拝者が多いという事です。

渡口のティラは権現信仰の変遷を知る上でも重要とされ県指定有形民俗文化財となっています。