今年に入って、「対話」をする機会が増えた。
だれかの評価を気にするのではなく、心を開いて相手の話を聴き、
自分の考えを話す。

言葉にしてしまうと簡単だけれど、どれだけ十分な対話をこれまで
してきただろうか?と考えると、ほとんどないような気がする。

対話をできているときというのは、「相互浸透」しているようなイメージで
話している人同士の中心に、自然と共通の考え、概念が浮かんでくる。

だからそれをみんなで共有できる。
だれかに押し付けられるものでもないし、押し付ける人がいたら
それは対話ではない。

ゆっくりそれぞれの頭の中を循環していくイメージ。
その対話を通して、関わった人はインプットもアウトプットもできて
終了してもなお、その人を成長させていくことができるのが
対話の場なのだと思う。

これまでの自分は、本当に考えが浅くて、構造的に考えることが
できないこまったちゃんだった。

でも今年のこの新幹線みたいな速さの環境の変化によって、
ものすごいいきおいで脳に刺激をもらって成長している。

そういう経験を幾度かしてしまうと、本当に表面上の利己的な
関係性というのが、より悲しくむなしく感じられる、今日この頃です。

本質に目覚める

ほんとうにそういう時代ですね。