この一週間はかなり怒涛の一週間でした。
一つひとつが大きな意味を持って自分に問いかけてくるので、
消化をしきれず、常に何かを考えている状態。。。

たくさんのエネルギーを吸収して、自分の中でずーっと処理を
続けている感じです。
なので、本を全然読めません。

といっても、地に足がついていない、ふわふわした状態というよりは、
しっかり軸と方向性を持っている流れに乗っていくために
体の置き場所を少しずつ変えながら調整している感じ。

これはちょうど一年ちょっと前に、アートセラピーで、
2枚の絵を統合してもらったときに味わった感覚に似ています。

そのときの自分は、潮の流れに逆らって泳いでいるイルカで
泳げども泳げども、前に進まないような感じがしていました。

でも、ありたい自分の姿と、現在の姿を統合してもらったあとは、
同じ絵なのに本当は潮の流れにのって、あまり力を入れずに泳いでいる
ように見えたのです。

今は流れが自分をゆきたい方向へ連れていってくれる。
そんな感じがしています。

ある種、自分にあまりなかったふてぶてしさというのか、
自我を超えた安定感のようなものが、見えてきたような気もしています。

おろおろしている自分から、どっしりまではいかないにしても
何かを目指してゆらがない自分。

どれだけ自分の足りない部分やいたらない部分が見えたとしても、
そこにゆらぐのではなく、今自分は何をできるか?どうしたらそれができるか?
と考えている自分。

自分に向いていた矢印が、外を向いて、誰かや何かに向いている状態。
その誰かや何かに向けてエネルギーをどんどん出していける状態に
近づいています。

自分の欲求のために自分を使うのではなく、自我の枠を超えて、
大きな何かのために自分が活かされていると感じられたら
それはまさしくフロー状態であると思います。


そういう時には、感謝の気持ちしかありません。
何から何までが、本当にありがたいこと。そして必要なこと。


自分にできることは、一つひとつ自分がすべきことを
自分ができる精いっぱいでこなしつづけていくことです。

毎日、自分のスキルの最高レベルにおいて、チャレンジを続けていくこと。
それがフローな人生そのものです。


フローに生きるための参考図書
『人生生涯小僧のこころ』 塩沼亮潤
http://ameblo.jp/quotations/entry-10199892467.html



そんなことを書いていたら、公園から帰ってきた子供が
「ママー、こんどくりをゆでてー」と部屋のドアを開けました。
そしてポケットから公園で拾ってきた栗をうれしそうに取り出す。

マンションの前の公園に栗の木があることも知らなかった私だけれども、
10個の栗と子供の笑顔が、日常のささやかな幸せを思いださせてくれる。

ありがとう。


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このアメブロは独立を決めた今年の一月から始めました。
これまで5年間続けてきた楽天ブログから引っ越し、心機一転
自分が保育園の頃から大好きだった読書について書きためていこうと
思ったからです。

このブログを始めて、一番の変化は「フロー」をキーワードに
人とつながっていったことです。

あらためてその流れ(フロー)と、自分の状態(フロー)に感謝を感じ、
今後はこのブログで、その「フロー」について書いていきたいと思います。