本を買うか買わないか、読むか読まないかを決めるとき、
もちろん自分の「欲求」「興味」「必要性」に従うことがほとんどだけれど、
2回くらいどこかからサインを受け取ると、
「ああ、これは今がそのタイミングなんだなあ」と手に取ります。
あと、同じ読書体験をしている人とは、思考を近づけることが
できるので、影響を受けた人のすすめる本は、必然的に優先順位が
高くなります。その人に「近づきたいから」です。
さて、そんな感じの選択基準がなんとなくあるなあ~という
話はおいといて、
前からなんとなく気になっていたのですが、この間2回目の大きな
サインがあって、読みました。
人生生涯小僧のこころ―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界
塩沼 亮潤
この方は、一言でいうと「超人」です。
「大峯千日回峰行」と「四無業」という通常の人間が考えうる
想像を超えるほどの苦行を満行されてきた方です。
「大峯千日回峰行」とは、吉野山の金峯山寺から大峯山の山上ヶ岳頂上
までの往復48km、高低差1,300m以上の山道を16時間かけて1日で往復し、
それを千日続けるという荒行です。
山の気候の関係で、1年のうち約4か月間という決められた日に毎日、
そして9年の歳月をかけて48,000kmを歩きます。
さらに、いったん行に入ったら、決して途中で止めることができない
という厳しい掟があり、もし途中で止める場合は短刀で腹を掻き切るか、
紐で首をくくり、命を絶たなければならないのだそうです。
そのため行者は、常に短刀と紐を携帯しています。
吉野の金峯山寺1,300年の歴史の中でこれまでまだ2人しか
満行できていないそうです。
これだけでも奇跡の人です。
平成11年に満行されたそうですが、
当時、テレビのニュースでやっていたことをうっすらと覚えています。
そしてその行が終わってからすぐ、翌年の「四無業」の準備を始めたといいます。
「四無業」とは、9日の間、「断食、断水、不眠、不臥」、つまり
「食わず、飲まず、寝ず、横にならず」を続ける行だそうです。
通常水分をとらないで人間が生存できる限界が3日と言われていますので、
この荒行をやり抜かれたのは、奇跡としかいいようがありません。
私のようなぐうたらから見ると、「すごい」という言葉では言い表せないくらい
「すごい」としか言えません。
並はずれた精神力をお持ちなのはもちろんでしょうが、
本当に細心の準備をされた上で、それでもどうしようもないことばかりがおこる。
それを一つひとつ、日々の行の中でありのまま受け入れ、徐々に悟られていく。
本を読んでいるというよりは、映画を観ているような気分になりました。
とても驚いたのは、これだけの荒行を終えたあとでも、
たった一人だけ、受け入れることのできない苦手な人がおりました。
と書かれていたことです。
その方をなぜ、荒行を終えてもなお受け入れられなかったのか。
そしてどうして、それから4年たって、受け入れることができたのか。
よろしければ本書を読んでみてください。
何を言うかではなく、誰が言うか。
人が最も雄弁に語るのは、その人の行いによってである。
と深く深く思いました。
このような本を「心の栄養」というのだと、思います。
以下、印象に残った所です。
良い行になるかならないかというのは、行がはじまる寸前、
たとえば「位置について、ヨーイ、ドン」の「ヨーイ」の時点で
いかに精神面での安定した高まりがあるかどうか、また、
天を衝くような高い目標があるかどうかで決まるように思います。
行とは行じるものではなく「行じさせていただくもの」
人生とは生きるものではなく「生かされているもの」
行とは、人生とは、ひとつひとつ見えない徳を積み上げていくもの
不満に思うのは自分に「我」があるからです。心の底から素直な
「はい」が言えるようになるのは、お坊さんになってから10年は
かかるのではないでしょうか
741日目、人生を論ずる暇はない。今この時を情熱をもっていきるのです
782日目、人間は雨を降らすことも、そよかぜを吹かすこともできない。
ただ一つできることは、人を思いやること。人を思いやることによって
人に感動を与え、勇気を与えることができる。
737日目、(前略)のたうち回り、血反吐をはくような思いをしても、
それが表に出てくるようでは一流の人間とは言えない。
本当の喜びというのは、あぁなるほど、こうなんだ、ああなんだ、と
当り前のことに自分が気づいた瞬間に湧き上がってくるものです。
大事なのは「やらされている」と思わないことです。
行をやらされていると思うと、どんどん卑屈になってしまいます。
どうせ受ける苦しみは一緒です。
終わった瞬間には、自分がやり遂げたんだという達成感は一切なかったように
記憶しております。行がこれで終わりになるという、ただそれだけの
ことでございました。
何でこんな苦しい目に遭わなくてはいけないのだろうかと思うと、
不平不満が次から次へと口をついて出てまいります。与えられた環境を
特別なものだと思わず、それを日常と考えて適応していくようにすることが
とても大切なのだと思います。
現在は宮城県の慈眼寺で住職をされています。
http://www.jigenji.net/jyusyoku.html
いつかお話を伺える機会がありますように。
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・『人生生涯小僧のこころ』 塩沼亮潤
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